山陰中央新報「いわみ談話室」初出(2012・4月26日掲載)

季節外れの鼻風邪をひいてしまった。鼻づまりの状態で絵を描くのは本当に辛い。
そうだ、身体を動かしたらこの苦しさがまぎれるかもしれないと思い、
棚に並べてある小物を一つ一つふきんで拭きはじめた。
その中には修学旅行先で買った小物入れや、中学生のときに買ってもらった
水森亜土のランチボックスなど「わたしの骨董品」もあるけれど、
高角小学校の児童がプレゼントしてくれたドラエモンの小さな置物、
病院で頂いたハクション大魔王の人形、電気店の置物だったビクターの犬
。友人が孫にあげるはずだった動物の指人形、木製の小型紙芝居など頂いたものが圧倒的に多い。
心のこもった一つ一つを手にすると、そのときの会話まで思い出して、綺麗にする作業に力が入る。

 

身体を動かしたのが良かったのか鼻が少し楽になった。
掃除に没頭しているうちに夜が明けて、ガラス窓の向こうに、畑の桜が見えた。
今年はなかなか咲かないねえと話していたのに、いきなり満開の模様。
ウキウキしながら外に出てみた。

 

桜は植えてから十三年が経ち、ずいぶん大きくなった。
「願はくは花のもとにて春死なむ その如月の望月の頃」の歌で有名な西行法師。
たいそう美しい容姿をした大歌人というだけでも魅力だけれど、
何よりも、待賢門院との恋に破れたことが原因で出家したと言われているところに魅かれる。
月や花を詠んだ歌が圧倒的に多いのだとか。花(桜)にも月にも待賢門院の姿を重ねていたのでは?…。
「花のもとにて春死なむ」は、待賢門院のおもかげを感じながら死にたいという意味だった…と私は思いたいな〜、
などと想像に浸っていたら、後方でガサガサっと大きな音がしたのでたまげて心臓が飛び出るかと思った。
タヌキだ。タヌキもお花見をしていたのかな?
風景は、山の向こうに朝日がのぞいた瞬間が一番綺麗だと思う。
草木を転がる朝露に朝日が当たる様を見るのが大好きだ。
そして何よりも、まだ人間が起きていない頃を狙って活動するタヌキやキツネ、サギや鴨と出会えるのが楽しい。

 

ジロと名付けた猫がいる。昼間は外にいるけれど、猫仲間と一緒に遊ぶわけじゃなく、
独り離れたところで空を見て過ごしている。夜は、母のところにやってきて、黙りこくってそばで寝ている。
「ジロ、あなたの人生、それで幸せ?」と聞いてみるけど、「余計なお世話さ、ほっといてくれ」みたいな目を向ける。

 

鼻風邪をひいて、風邪をひいていなかった昨日までの自分がいかに幸せだったかと気がつくことと同じように、
幸せは意識しないところにあるのかな。風邪のお陰でゆっくりと掃除が出来たし、
お花見も出来たし空想にもふけったし。幸せはそんなところにちょこんと座っているのかな。
そんなもんよね、ジロちゃん。どう思う?