初出:山陰中央新報いわみ談話室

 今井美術館での個展から丸一年が過ぎた。童画展が後半に差しかかった頃、館長の今井さんから、石見神楽をモチーフとした絵の依頼をいただいた。『石見神楽ですか?』と問い直すと、『そう、いかにも恵未さんらしい石見神楽の絵をね』とニッコリされた。

その絵のことを、桜江町長さんや展覧会の取材に来られた河部さんという女性が応援して下さり、町長さんは市山のお祭りに、河部さんは山中神社のお祭りに誘ってくださった。何ヶ月も前の話題を忘れずにいてくださったことに感謝しながら取材に出かけた。

桜江町の市山は、山道を曲がるといきなり古めかしい町並みが広がっていて、夢を見ているような気持ちになる場所である。その日はあいにくの雨だったけれど、伝統の六調子の神楽を舞う子どもたちを大勢の大人が目を細めて誇らしげに見守っていた。
浴衣姿の子どもがかき氷をつつきながら、かぶりつきで舞を見ている。振り返ると、かき氷の出店がこじんまりと一つ。雨よけのテントがライトに照らされて夜のお祭りを演出していた。その光景はまさに一点の絵そのものに思えた。

しばらくして今度は山中神社のお祭りに出かけた。山奥の神社にたどり着いたのが夜八時五十分。夜九時から朝まで続くお祭りだと聞いていたのに、辺りは恐ろしいほど真っ暗で人っ子一人いない。そそっかしい私を心配して一緒に来てくれた叔母が『本当に今夜なん?』とドキッとすることを言った。
こわごわ、細い坂道を下りた。見ると、なんと神社の戸に鍵が掛かっている!絶体絶命と思ったその時、河部さんが神様のごとく現れた。
『この辺の人はね、夜九時からと言うと九時過ぎないと来ないんですよぉ』と苦笑しながら鍵を開けて中へ入れてくださった。間もなく、この真っ暗闇の中のどこから登場して来たかと思うほど多くの人々が毛布を抱えて集まって来た。
毛布?そうか、朝までだからね、と気がついた。夜食になるらしい大鍋のおでんのおいしそうなにおいが立ちこめる。子どもたちが色とりどりの衣装を着けて上手に舞う姿に感激していると、『まぁ、一杯飲んでやんさいや』とお酒を勧めてくださる方がいた。少しブカブカめの背広姿が洒落ていて、ほろ酔いの赤いほっぺたがとても優しいおじいさんだった。

私の興味は神楽を愛する人々の姿にこそある。こんなにも軽やかに伝統が守り継がれているということ、こんなにも誇りと喜びに満ちた柔らかな笑顔があるということに胸が熱くなった。

『もう帰りんさるか。これからが面白いのに残念だのう』
背広姿のおじいさんに見送られながら神社をあとにした。
また何度でも来よう!と心に決めて。
2004.1.27