初出:山陰中央新報いわみ談話室

 絵描きは料理上手という説があるけれど、この説には無理があると思う。例外がここにいるのだから。
今日は私にお任せ下さい、と言って珍しく料理に精を出して『おいしい?』と問えば、父が『メグミらしい味付けだな』と答える。それはどうやら『しつこい』あるいは『変わっている』という意味らしい。この調子だと、母には杖をついてでもずっとずっと料理を作ってもらわなくては困る。
でも、実は私の料理を誉めてくれた人物が一人いる。

 数年前、母が腹痛を訴えて緊急入院したことがあり、父も祖母も私も、今が朝か夜かも分からない毎日を過ごした。
ある日、祖母が曲がった腰をいきなりまっすぐに伸ばし、シャンシャンして大きな鍋いっぱいに煮しめを作った。
つべこべ言わずに食え!とばかりにお皿から溢れるほどの大量の煮しめがテーブルに置かれた。
焦げる一歩手前の香ばしい甘い匂い。一口食べた。おいしい!スルリとのどを通った。父が『あの日のばあちゃんの煮しめは見事だったな』と言う。本当に見事な味だった。
母は助かる。懐かしい祖母の味を確かめながら、はっきりとそう感じたことを覚えている。当時、90歳を越えていた祖母が、全力を振り絞って料理を作ってくれていたのかと思うと今でも泣けてくる。
母が回復したと聞くや否や、祖母は元通りのおばあちゃんに戻ってしまったので仕方なく私が台所に立った。すると、祖母が毎日私の料理を誉めてくれるのだ。
サトイモの煮ころがし、魚の煮付け、お味噌汁などを申し分のない味付けだと言った。
確かにあの頃、私は上手に料理を作ったかもしれない。それは、味付けにうるさい祖母の思いがけない誉め言葉にまんまとと乗せられたのだと思う。
言葉はまるで魔法のようだ。

最近のこと、父が台所の食器棚に目をやり、『母さんはこの食器棚を綺麗に使っとるんだなあ』と母に言ったらしい。
聞けば経済的に一番苦しかった時代に無理して買った食器棚だそうだ。古い古い食器棚は父の魔法の言葉にかかって、たちまち母の宝物になった。
言葉には言霊があるというけれど、よい言葉を使えば、そしてよい言葉をもらえば、人の心の温度が上がる。心が強くなれる。そんな意味も含まれている気がする。

言霊か…。絵に効きめがある言葉がどこかに落っこちていないかと本気で探している自分に気付いて、思わず笑ってしまった。でも、魔法の言葉はきっと転がっているのだ。
ごく身近なところに…。
2002.10.8