(山陰中央新報 いわみ談話室 初出 2012・9/20)

いわみ談話室。今回で最後になった。初めて文を書かせていただいてから十三年が過ぎた。
十三年前は祖母と両親と愛犬テツとの五人家族だった。
今は母と二人暮らしだけれど、本業のこと以上に、気がつけば家族のことを多く書いてきたように思う。

新聞に文章が載るのだから、当然緊張した。
文を書くということは自分の内面と向き合い、目をそらさないということで、
普段、日記も書かずヘラヘラと過ごしていた私には結構辛いことだった。
でも、町で「いわみ談話室、読みましたよ」と話しかけられたり、
また談話室の文章がきっかけでお手紙を頂き、それが縁で親しくさせていただくようになった方もいて、
「談話室」が出会いという宝物をたくさん運んでくれたことを思うと、胸の辺りがキュンとなってしまう。

私は段々と上手く書こうと思わなくなった。努力しても出来ないことはあるのだし。
その分、飾らずありのままに日常を書こうと思った。
病身の父との会話、私自身の大失敗についても談話室で書いている。
でも、今までの談話室を読み返してみると、けっこう楽しそう!
私の良いところは、落ち葉の下に隠れている「幸せの種」を見つける特技を持っていること。
何度も文章を書くうちに見つけた私の長所だ。この性格は両親にもらったものだから感謝したい。

最近私はトーベヤンソンが描くムーミンの世界に魅かれている。
とりわけ、スナフキンのファンだ。スナフキンが「自分でいられる幸せ」をいつも求めているところが好き。
スナフキンの名言の中に「ものは自分のものにしたくなったとたんにあらゆる面倒がふりかかっってくるものさ。
ぼくはどんなものであろうと見るだけにしている。立ち去るときには、ぜんぶ、この頭の中にしまっていくんだ。
重いかばんを、うんうんいいながら運ぶよりずっと快適だからねえ」という言葉がある。
ああ、スナフキン、カッコいい!

私も大切なものって、両方の手のひらで大事に抱えられるくらいあればいいと思う。
その大切なものとは、やはり「人」。

さわやかな風に吹かれながら人と楽しくお茶を飲み、傍らの机の上には描きかけの絵。
そうなれば理想だなと思うけれど、どうでしょうか?
スナフキンのように「自分でいられる幸せ」を求めていきたいけれど。
こんなことばかり書いてきました。読んでくださったみなさまに感謝致します。

ねむたん、カッパリン、オロッチ。これは最近生まれ出た石見地方を旅する三人(三匹?)です。
愉快な三人が皆さんの背中をチョンチョンとつついて、かわいいいたずらをするかもしれません
。絵を描いていることだけはずっと変わりません。
これからも私と、そして私の絵と仲良くしてください。
談話室ではお別れです。長い間ありがとうございました。