(山陰中央新報 いわみ談話室 初出 2012・7月)
人は一生の中でどれくらいの人と出会うのだろう。
気が遠くなるほど多くの人と出会っているはず。
でも、身近にいる人は限られている。不思議と言えば不思議。
それが「縁」というものだとは言うけれど。
中でも、今、そばにいる人…うちの母。八十七歳になる。
これだけ性格の違う人間同士が親子なんだもんねえ、
とつくづく母の顔を眺めたりして。

性格が違うとはいえ共通点はある。二人とも「昔が良かった」とあまり言わない。
「今」の中で「楽しいこと」を見つけるのが得意なところが似ている。

先日、アトリエにお客様がみえた。
話が弾んで一時間くらい経った頃に母が冷茶を入れて持って来てくれた。
母もおしゃべりの輪の中に入った。
翌日、そのお客様から「お母様が入れてくださった冷茶、私にとって一番の気がします。
お母様のお人柄か人生観か、大変おいしいお味でした」とメールが来たので母に見せると
「人から誉められるって嬉しいもんだねえ。この年になると5日間くらいは嬉しさが持続するもんね」
と言って喜んだ。

 

唐突に、動物のことになるけれど、動物だって同じ。
猫を抱き上げて「わっ、美人ですねえ」と声をかけると
「ほんとに?」って嬉しそうな顔をするのだから。
この世の中で「心が通い合う」ということが一番素敵なことだと思う。

 

山陰中央新報に児童が「学校まで遠くて歩くのが辛いけど、
地域の人が声をかけてくれるので嬉しくて頑張ろうという気持ちになる」と書いていた。
ほのぼのとした記事だった。

幼い頃に育った江津市の曙町。懐かしい土曜夜市が復活したことを知った。
昔、お店に活気があったのはもちろんのことだけれど、買い物に行くと、
何人の「笑顔のおばちゃん」から声をかけられたことだろう。
よその子どもでもいつも気にかけてくれていたのだ。
近所の子どもたちと日が暮れるまで遊んだことも楽しい思い出だ。

「昔が良かった」と決して言わないと言ったばかりだけれど、
子ども時代の思い出はずっと心の奥で輝いているものだと思う。

私はメッセージをこめて文章を書くことは苦手かもしれない。
いじめの問題が気になってどうしても書かなくてはと思い、
書きはじめたのに、とうとう何も書けない。

人によって傷ついた心は再び人の心を信じることでしか治せないと思う。
私はあの頃の楽しい思い出のお返しに、しっかりと近所のおばちゃんになろうと思う。

私が住む地域は家が少ないけれど、わりあい若手が多くて子どもたちもいる。
うちの睡蓮池辺りが面白いらしく、近所の子どもがよく遊びにきている。
アトリエのそばで母と女の子の話し声が聞こえてくるけれど、
ちゃんと「世間話」をしているからおかしくなる。私も負けないぞ。