初出:山陰中央新報いわみ談話室

 10月のことだったか、はっきりと覚えていないけれど、BS放送で岸恵子(以下、敬称略します)主演の映画「かあちゃん」を観た。時代劇だけれど、チャンバラではない。それは童話のような世界だった。主役の「かあちゃん」は徹底的に人に温かい。徹底的に自分の幸せより人の幸せを願う。

物語は、知人を助けるために家族みんなで懸命に働き、節約をしてお金を貯める。やっと目的の金額に届いて喜んだ矢先に泥棒が入る。でも「かあちゃん」は「よほど困っての事だろう?お腹がすいてないかい?うどんが残っているからお食べよ」と泥棒に言う。そして家族全員がかあちゃんと共に「本物の優しさ」を見せていく。

終始温かな空気が漂い、見終えた時、心が芯からぬくもっていた。
この映画のことを良く知らなかったので後で調べたら、山本周五郎原作、そして亡き妻和田夏十の脚本を市川こん監督が約40年越しで完成した作品だと書いてあった。長年の思いがこもったこの映画が伝えることは今の殺伐とした世の中で、決して小さくはないはず。

日本人の良さは、なんといっても「人情」だと思う。そして「人を信じぬく心」。そう思いたい。「かあちゃん」のような美しい生き方が出来たらどんなに素晴らしいだろう。

「ねえ、お母さん、久し振りに感動したね」と言うと「うん。それにしても岸恵子さんは素顔で出とったけど、綺麗だったね」と母。私も実は、少し刻まれたシワが素敵だと思いながら見ていたのだ。「年をとってシワが無きゃおばけだが。シワも綺麗なもんだけえな」と父がしょっちゅう言っていたことを唐突に思い出した。

父が病気療養中に結婚式の仲人という大役を引き受けたことがある。当日、私は少し離れたところで、新郎新婦を背にして両親が会場に入っていくシーンを見ていた。顔に刻まれたシワ。丸い背中。少し痩せた体に驚くほど正装が良く似合っていて、ゆっくりゆっくり歩く両親の後ろ姿を追いながら、私は照れること無く、なんて素敵な老夫婦だろうと思った。私は庭で二人の写真を撮った。今までで最も好きな二人の写真である。なんとか人の役に立てたという安堵感につつまれた笑顔がひときわ輝いていた。

私はその日の父の写真を父の遺影に選んだ。

市川こん監督は、映画「かあちゃん」を製作しながら実は女優岸恵子の人生そのものも同時に映そうとしたのではないかとふと思った。

上手く言えないけれど、映画「かあちゃん」は、私は日本人だ、「人情」で生きるぜ!という思いを強くしてくれたことは確かである。私が絵に描く人の笑顔には人情シワが刻まれているということに今後注目してください。
2009.11月