初出:山陰中央新報『私の出会った本』

 昔、父が『今までに無かった時代劇だ』と熱心に見ていたテレビドラマがあった。藤沢周平原作の『三屋清左衛門残日録』だった。それは、老人ばかりが出てくる時代劇だというのに、不思議に心に深くしみ入ってきた。

『読んでみたいな、この人の本!』。そう思って読んだ短編集『夜消える』の中の『踊る手』が忘れられない。

寝たきりの年寄りを置き去りにして夫婦が夜逃げをした。近所の人たちが心配して食べ物を運んでも、年寄りは一口も食べない。そこで、『信次、おまえが行けば、ばあちゃんオマンマ食べてくれるかもしれない。ばあちゃんはおまえを可愛(かわい)がってくれていたからね』と信次の母親が言う。幼い信次は重要な役目を託されたことに、ちょっと嬉しい気持ちを感じていた。

『ばあちゃんはきっと食べてくれる…。』

ところが信次がいくら声をかけても年寄りに反応はなく、信次はついに泣き出してしまう。すると年寄りはやっと声を出したのだ。『どうしたい、信公、せっかく持って来たおまんまを食べないから悲しくなったのかい?よしよし、ばあちゃんを起こしておくれ』

貧しい裏店に暮らす人たちの心が究極に美しい。この作品を皮切りに彼の小説を次々に読んだ。
深い深い心の描写。一本の映画を見たかのような、くっきりと目に浮かぶ光景。美味しそうな食べ物が随所に出てくるのでお腹もすいてくる。

そして気がついたのだ。彼の小説を読むと絵を描きたくなることに。小説に描かれる人の心にも背景にも豊かな色彩があり、それが頭上から降り注いでくるせいだと思う。私は、藤沢作品のように、詳し過ぎるほどの表現も見逃されることなく、口元にちょっと笑みを浮かべてもらえるような絵を描きたいと切に願う。
そう…彼のひっそりとした生き方も含めて、藤沢周平は私の憧れの人である。