初出:山陰中央新報いわみ談話室

民話集「さくらえのみんわ」が、九月に発刊の見通しとなった。長い道のりだったけれど、脈々と受け継がれてきた珠玉のお話をこの手に預けてもらえた幸せは何ものにも替えがたかった。この本は「火たきスズメ」「えんこう祭り」「甘南備寺の鹿」という三編のおはなしで構成されている。

民話集を作っているとき、石見弁はなんて魅力的な方言だろうと何度も思った。終始、石見弁で語られたことで、この本は生きている。「舌きりスズメ」の原話が「火たきスズメ」だけれど、「火たきスズメ」では、おばあさんは決してスズメの舌を切ったりしていないし、意地悪でもない。笑い転げてしまうほど正直なだけなのだ。石見弁での会話が随所に出てくるけれど、一見欲ばりなおばあさんが抱きしめたいほど愛おしく感じるのは方言のもつ温かさのせいかもしれない。

と言う私も、東京にいた頃は、気取って標準語で話していた。でも、うっかり石見弁が飛び出したときは「その方言、えらく可愛いねえ、教えて!」なんて言われたこともあった。

大学で留学生に日本語を教えておられる方からこんなお話を聞いた。
「留学生に国のことを聞くと、どの国の人も故郷をすごく愛していて、驚くほど自分のルーツをよく知っているし、故郷に伝わる童話やら歌やらを誇らしげに披露してくれる。ところが日本の学生は、自分の国や故郷について殆ど何も知らないのです。寂しいことです」と。
耳が痛かった。つい、お国自慢をしてしまう私でも、人にガイド出来るほど詳しく知ってはいないと思った。

変化の激しい世の中。数々の大切なものが猛スピードで置き去りにされていくことに不安を感じるけれど、それでもここでは、石見神楽をはじめ、独特の文化がしっかりと受け継がれている。若い人たちが地元を愛し、生き生きと頑張っている姿もあちらこちらで目にしている。

江津市には、「人麻呂とよさみ姫」の有名な伝説と共に、たくさんの民話が消滅せずに守られてきたことを改めて知った。それが郷土の誇りのひとつになればいいなと思う。

郷土の民話集が子どもたちに繰り返し読まれて、本がぼろぼろになることが今の私の夢。子どもたちが大人になったとき、日本、さらに世界各国の友だちや知人に、私の故郷にはね、こんなお話があってね、と話せれば、「オッ、君、やるねぇ〜」と一目置いてもらえるかもと思い、ひとりでニヤニヤしている自分が少し気味悪い。

私の絵描き人生はすでに後半かなぁと、たまにセンチメンタルな気持になるけれど、故郷を愛しているひとりとして、民話集の絵を描かせて頂けたことに、深く感謝している。天にも昇るほど嬉しかった。
2010.8月