初出:山陰中央新報いわみ談話室

 夜が明けると、さっさと仕事を片付けて外に出てみたくなる。アトリエの前に大きな杉の木があって、そのてっぺん近くに巣を作ったカラスがどんな子育てをするのかを興味津々で見ているからだ。

  父さんカラスと母さんカラスが一生懸命に卵を守っている。
『妻よ、巣から離れるんじゃないよ.安心しておれ。俺が餌を見つけて来るからね』父さんカラスが朝もやの中で頼もしく空を舞っている。『優しいご主人でいいわね』と声を掛けると、『御陰さまで』と母さんカラスが頷いた。

向こうの畑には、クリの木や柿の木の若葉が、柔らかい薄紙のように透き通ってユラユラと揺れている。私は故郷の景色がこんなにも楽しく美しいことに、しっかりと気付いていなかったと思う。

我が家周辺の四季折々の眺めは、祖母や母の汗と母娘のケンカの種でできている。今年九十七歳になる祖母の口癖は『六十代はまだひよっこだあね。七十が働き盛りだけえな〜』
その名言通り、七十代の祖母は年中休みなく、男顔負けの首尾のよい仕事をした。やれ、しわい、やれ腰が痛いと言いながら、敵に向かうように畑に行く祖母と、祖母を引き止めようとする母とがよくけんかをした。

あれから二十年が過ぎ、膝の手術をするまで畑を諦めなかった母に今度は私が眉をひそめて文句を言った。
『いっそ畑なんか無ければいいのに』と何度も思った。感謝するよりもやるせなさが先に立って、つい言葉が過ぎてしまう。

『お父さんに少しでも新鮮な野菜を食べさせたいんよ』という言葉を殺し文句に、抜き足差し足で畑に向かう母。やはり多少は土に触りたいのだろう。しょうがないなあと思う。

『これ、家のキュウリか、うまいな』と父が言えば、母が天下を取ったように喜ぶ。文句を言い続けている私の立場としては大っぴらに言えないけれど、『おいしいね』と心の中で一言。

いつもの季節がやってきていつもの眺めが広がる。けんかの種は尽きなくても、どうかいつまでもと願っている。