初出:山陰中央新報いわみ談話室

 アトリエの窓から、田んぼだったところを掘って作った池が見える。今は睡蓮がいっぱい咲いて、そこでカメ、メダカ、カエルたちが遊んでいて賑やかだ。

 ある日のこと、近所の幼い男の子と女の子が池のそばにピクニックシートを敷いて、おいしそうにおやつを食べていた。その姿の可愛らしいこと!それに家の素朴な池をピクニック地に選んでくれるなんて光栄だなあと思って噴き出した。なかよしの二人は、学校帰りも一緒で、あちらこちらでみちくさをしながらやっと帰宅するとか。
久しぶりに『みちくさ』という言葉を聞いて、何だか懐かしい。
私は長い時間をかけて絵を描くけれど、何を描いていいか分からなくなて困ったことはあまりなくて、むしろ描きたいものは日に日に増えている。
私の心の奥には何があるのかと考えた時、兄との思い出にたどり着くことがよくある。兄は病気で亡くなったけれど、妹としてやんちゃを言っていた時分は、とにかく楽しかった。兄と野原で紙飛行機や凧を飛ばしてよく遊んだ。発病してからは、兄のベッドのそばが私の指定席だった。一緒に夢中で絵を描き、兄がプラモデルを上手に作るのを横で飽きもせずに見ていた。もちろん喧嘩もした。
両親が兄にばかり優しい気がして、ひがんで兄に八つ当たりをして泣いたことがある。その夜、『メグ、こたつの中を見てみん?』という兄の言葉に従って中を覗いてみると、『家なき子』という本が置いてあった。こたつの中ですっかり温もったその本を手に取ると、『それ、メグにプレゼント…』と兄は照れながら言った。寒空の下、つらい身体で本屋さんまで買いにいってくれたらしい。そんな繊細な優しい心遣いをしてくれる兄だった。

肉親の死は耐え難いけれど、不思議なことに、兄との思い出はいつだっておもちゃ箱のように楽しく、賑やかなのだ。思い出はいつの間にか自分の色に染まっていて、時間はそんな魔力を持っていると思う。私にとってその色は、ピンク色といったところかもしれない。
池のそばでピクニックをしていた幼い二人が、いっぱい遊んで、いっぱいみちくさをして、いっぱい思い出を作るといいな。思い出は、いろんな場面でモノよりも役立つと思うから。

私も幼い頃のように、時にはみちくさをしてみようと思う。ステキなものを発見出来るかもしれないし。
そしていつか『みちくさ』というタイトルの絵を描こう。もちろん、幼い男の子と女の子が主人公で…。

2003.7.15