初出:山陰中央新報いわみ談話室

 母は毎日、料理を楽しそうに作る。特にアイデア料理を思いついたとき、父と私は母のにぎやかな講義を聴いてから、やっと食べさせてもらう。

時々、季節の花を生けに来てくれるおばが「どこのだれが、おからを中身に使ってオムレツを作ろうなんて思いつくの」と言って、笑いながら母の料理に感心している。そういうおばも自由自在の発想と豊かな味覚を持っている人である。
人間は食事をおいしいと思って食べることが基本という伝統の中で育ったおかげで、私は食いしん坊になってしまった。
心がこもった料理は、何よりも説得力があるかもしれない。うれしいときは、ノドグロの煮付け。それには必ずノドグロの煮汁でふわっとと煮たお豆腐が添えられている。悲しいときはなべ焼きうどん。これがわが家の定番だ。
子どものころから、私が元気がないとき、母は決まってなべ焼きうどんを作ってくれた。うどんを食べると我慢していた涙が急にあふれる。でも、食べた後には涙が乾いて「よし、明日は元気になろう」と思うのだ。
親子げんかをしたときも同じで、怒って部屋に入ると、しばらくしておいしそうなにおいがしてくる。「なべ焼きうどん」と母。その手に乗ってはならぬと頑張るそばから、父が「おいしいぞ」と付け加えると、冷めないうちに食べなくてはと思ってしまう。
食べてしまったら、けんかを続けるわけにはいかないのだった。父が「お前さんは実にうれしそうに食べるな」と笑う。
絵を描いていて発想に行き詰まり、さらに、期限が迫っているときの苦しさはたとえようがなく、私には才能なんてないんだと嘆く。そんなときでも、私の胃は間違いなく健全な働きをしてくれるので「大丈夫、なんとかなる」と思って生きてこられた気がする。
ふと、年末の家族の行事を思い出した。もう、ずっと昔の光景だ。
祖母が、かまどの上の大きななべであんこを煮ている。祖母が煮たあんこは香ばしくておいしかった。母たちがかまでもち米を蒸す。蒸し上がったらうすに移され、祖父や父たちが息をハァハァと言わせながら交代でつく。女性みんながすごい速さで飾りもちやあんもちを作る。
「おいしいぞ、食べてみい」祖母が、できたてホカホカのあんもちを私にくれて、一口目を満面の笑みで見守った。湯気の向こうで、みんなが楽しそうに、うれしそうに笑っていた。
料理がへたな私が、いつか、喜びを持って料理ができるようになったら「大人の女性です」と威張ってみようと思う。石見育ちの大先輩の女性たちのように。