初出:山陰中央新報いわみ談話室

 私は深夜に独りぼっちで絵を描いている。この独りぼっちの時間がとても大切なのだけれど、なかなかどうして簡単には独りぼっちになれないのだ。

 夜中の三時に夜食を作りに台所をのぞくと、両親が仲良くおもちを焼いて食べていて、その隣で犬のテツがうれしそうに笑っている。真夜中に急に掃除機が活躍し始めることもある。
「目が覚めたんだもの」と母。そこで私は、五木寛之氏のエッセー本を手渡して「お母さん、五木寛之さんが家族と離れて、わざわざホテル住まいをして小説を書いている理由をよく読んで考えてみてよ」と言うと「あらま、あっちは大物でしょうに」とのたまった。
「大物でも小物でも孤独感が必要という点では同じなんだから!」と言い返しながら、これは改革不可能だと思って頭がクラクラした。でも、きっと今の暮らしが、私の一生の中で宝物になるだろうと心の中で思っている。
ある日、母が「ねえ、お父さん、さっき庭にいたら、よその人から『おばあさん』て声をかけられたんよ。前に入院した時、一度だって『おばあさん』と呼ばれずに通った私がよ、初めてそう呼ばれたんよ」と父に言った。
私は母の「一度だって『おばあさん』と呼ばれずに通った私がよ」という言い方がおかしくて、クスクスと笑ったのだけれど、父はまじめな顔で「そりゃあショックだったなあ。ワシも病院で医師からふいに『おじいさん』と呼ばれた時、その医師をもう信頼できないと思ったんよ。いやなもんだよなあ、そういうのは…」と母に答えた。
その話を叔母にしたら、「なんていい話なの」と言って目をうるませた。つまり、普通ならああそうかで済ませそうなことなのに、父が同じ体験談を話して母のショックをやわらげているところがいかにも温かいと言うのだ。
確かに、父が使う言葉は春のようだといつも感じている。父は腰を病んで家で静養していることが多いけれど、母は「わずかなことをしてあげてもお父さんは必ず『ありがとうね』と言ってくれるし、料理は『なんとうまいなあ』と言って食べてくれるから、ひざが痛くても私は毎日が楽しいよ」と私に言う。
アトリエは、想像の空間。母屋は現実の空間。その気持ちの切り替えには骨がおれるけれど、互いに寄り添って暮らす夫婦の姿を見ながら過ごすことも悪くないと、このごろ思うようになった。
庭が春の色になった。小さな花芽に、また会えたね、今年もよろしくねとごあいさつ。
やっぱり春はいいな。