初出:山陰中央新報いわみ談話室

君の絵のキーワードは、まさに「幸福感」だね。最近私は、絵の恩師からそう言われてすごく嬉しかった。毎日絵を描いていて、よくまあ飽きないと思うけれど、やっぱり楽しいからだと思う。「幸福感」という響きに浮かれて、少しまじめに「絵」と「私」について考えてみた。

いつもやさしくて、ちょっぴりユーモアがある父と、にぎやかで料理好きの母を私は大好きだと思って育った。それは幸福なことだと思うたびに、子どもの頃のある日の光景が鮮明に思い出される。
私は、よく祖父母の家へ遊びに行った。年中畑にいた祖母は、私を見つけるとやけに嬉しそうに「ほれ、こっちへ来いや」と私を呼び寄せ、「さあてな、雀でも追ってもらおうかの」と言うのである。カンカンをたたきながらホォーッ!と叫べと言う。祖母は「雀はこうして追うもんだ」と私にお手本を見せた。腹の底から出る祖母の「ホォーッ」は、それはもうすさまじく恐ろしい声なので、もちろん雀たちは逃げた。「そがあな蚊の鳴くような声で雀は逃げやせん!」と祖母に叱られながら畑に立っているところへ祖父が会社から帰宅する。私は「助かった」と思った。
「おお、来たか来たか」と祖父はニコニコしながら夏ミカンの木に縄をかけてブランコを作り、大きなスイカを井戸の中で冷やしてくれた。日が暮れるとふろたきが始まり、私は薪をくべる祖父のそばで一人前に助手をした。
祖母は畑から帰り、大急ぎで夕食の仕度をしている。その間に祖父とおふろに入るのだけれど、五右衛門ぶろに浮かぶ丸い板に乗ると、ユラユラしながら底に沈むので、面白くて何度もそれを祖父にせがんだ。
おふろから上がると、祖母のダイナミックな盛りつけの料理がまあるい飯台に並んでいて、祖父はコップ一杯の酒をいかにもうまそうに飲んだ。
夕食が終わると急に静かになった。両親の迎えが遅い…。蛙の声でよけいにさびしくなってくる。泣いたら祖父母に悪いと思いながらも、こらえてもこらえても涙がこぼれる。やっと両親が到着すると、「お前らが遅いけえ、この子が泣こうが」と祖父は顔をまっ赤にして怒った。あんなにかわいがってくれた祖父母に悪かったなあと今でも後悔している。
兄が病気で亡くなって以来、私は一人っ子だけれど、周りに山や海や川があるように、大好きな家族が当たり前にそばにいてくれた。私の絵が楽しそうに見えるとしたら、こんなところにも理由があるのかもしれない。
「感謝しなくちゃ」と素直にそう思う。明日もこの気持ちが続くといいのだけれど…。