初出:山陰中央新報いわみ談話室

 中秋の名月の日の夕方に友人と出会った。跡市にススキを取りに行ったとのこと。ああ、お月見にはススキだもんね〜と。その夜、思いがけずお団子を頂いたので、母とお月見をした。仕事柄、歳時には詳しくなるけれど友人のように実際に味わう努力をしなければ私は一人前とは言えないなと反省した。

 思えば、祖母と父がいた頃は、お正月、節分、おひな祭り、などなどひとつとして歳時をパスすることが無かった。お正月ともなると、普段、井戸水でブルブルッと顔を洗うだけの祖母が、よそ行きの着物を着て、急にベッピンさんになって年の初めを取り仕切っていた気がする。祖母と母が実の親子だけれど、祖母にとっては父が一番エラい。紬の着物に袖を通した父が「おめでとう」と言って、「おめでとうございます」とみんなで言ってから父がお屠蘇に口をつける。おせち料理も全て父が口をつけてから家族が頂くという具合。そして父と一緒に近所のお宮に初詣。後は来客…と。美しい光景だったと思う。今では緊張が緩みっぱなしで、現在、母にとっての歳時は「もうすぐ母の日です」「私の誕生日です」「敬老の日です」などなど。なにしろ、母と一緒にお月見をしたのは久しぶりだった。

今秋に、山陰中央新報社主催で、「あったか家族原画展」が今井美術館で開催されることになった。山陰中央新社主催で展覧会を企画していただくのは今度で二度目になる。

平成十年、父の発病を知るや否や、所沢にいた私は十日間で引っ越しの段取りをして、お世話になった方々に挨拶をして、凄まじい勢いで郷里に帰った。真っ先にアトリエを増築しなければと考えた。その工事が始まったのと同時に山陰中央新報移動新聞社の企画として、童画展が始まったのだった。個展会場に行く前に大工さんと打ち合わせをした。そこへ父がおぼつかない足取りで現場を見に来るものだから、「機材がいっぱい置いてあるのに転んだらどうするん!」と何度父に声を荒げてしまったか分からない。父は私の帰省がそれほどに嬉しかったのだ。個展会場から帰れば父に一日の出来事を報告。「ほう、そうか」と答える父の嬉しそうな顔。目が回るほど忙しくても心から楽しかった。あれから十三年が過ぎた。そして再び展覧会を企画していただけることに、心の中が感謝でいっぱいになっている。

日々、悩み事が無いわけではないし、ふと寂しさが押し寄せる時もあるけれど、こうして「敬老の日には美味しいものを食べに連れて行ってね」とせがむ愛おしい母がいて、そして目前に展覧会が控えているということ…。楽しみにしていると声をかけてくださる方がいるということ…。
今夜もまた名月を見ながら、多くの人に支えられて今の自分があるということをしっかりと心に刻んだ。
2011.9.29