初出:山陰中央新報いわみ談話室

「毎年、畑で一番に咲くのがサクランボだね」と言って、母とサクランボの開花を喜んだ直後に、東日本大震災が起きた。そして巨大な津波が東北を襲った。ひとりひとりの生きた証が、容赦なく津波に飲み込まれていく。その映像が上空から撮られ、私たちがそれを見ている。その衝撃。それが夢ではないと理解したとき、体が震えた。
血も涙も無い残酷な災害。どんなに居たたまれなくても、私は暖かい場所で母と一緒にニュースを見ているのだ。その違和感で、心がおかしくなりそうだった。

 あれからひと月。被災地では厳しい状況が続いている。でも、辛い環境の中で人々がお互いを励まし、助け合い、子供たちは一生懸命に役に立つことを考えてお手伝いをしている。卒業証書を手にした女の子は「私が働いて家を建てます」と言い、男の子は「僕たちが頑張って絶対にこの町を復興させます。」と…。「なあに、くじけていても仕方が無い。復興させるさ、また」とあえてニコッと笑ってみせたおじいちゃん。人々の底知れない優しさと強さを知るたびに涙がこぼれた。

「なあに、復興させるさ」と言ったおじいちゃんの笑顔を見たとき、ふいに祖母の笑顔を思い出した。そのたくましい笑顔を。
昔、近所で火事があったそうだ。消防車が来ても、問題は水源が無かったこと!祖母は咄嗟に田植えのために貯めておいた水を使えばいいと思いつき、かけつけた消防署の人たちにすぐさま段取りを指図したらしい。火事は最小限でくい止められた。「うちの田んぼはいいから、あんたの家を守れ」と祖母が叫んだということを後に近所の方から聞かされた時、母はちょっと嬉しい気持ちになったとか。危機に強かった祖母らしいエピソードだ。そんな男勝りの祖母が私に時たまインパクトのある言葉を言った。「人間苦しい時こそ、まずはご飯を炊くんだよ。ご飯さえ炊いておけば大概のことは何とかなるさ」と。

被災地ではその「ご飯」がまだ十分に行き届いていないとニュースが伝えている。一刻も早く温かいものをと遠方から被災地に大鍋を持参し、野菜やお肉をたっぷり入れたお味噌汁と温かいおにぎりを作ったボランティアグループがあった。その場で湯気が上がる食事。「あったかくておいしい、ホントにおいしい」と、泣きながら食べておられた。

今後、被災という状況に限らず、もしも、そばで誰かが傷つき、凍える心でいたとしたら、熱々のご飯でおにぎりを作り、お味噌汁を添えてそっと差し出すような人間に私もなりたいと思った。人の「まごころ」が命と心を救う切り札であることをしっかりと教えてもらったから。そして、もしも辛い状況に置かれた時は、あの優しさと強さを思い出したいと思う。
2011・4月