初出:山陰中央新報いわみ談話室

 その日の仕事が終わり、机に散乱している絵の具などを片付ける。片付ける私の足音を聞いて、戸口に並びはじめる二匹の猫たち。「朝ごはんちょうだいよ」という合図だ。

 昨年の夏、黒毛の子猫がアトリエから離れなくて、そのままここで暮らしていると談話室に書いた。チコと名付けたその黒猫は当時、からんだ毛糸のようなモサモサの毛をしていたけれど、最近は毛並みが整い、なかなか美形の猫になった。

あれから色々とありまして。チコのお友達なのか、様々な猫がひょっこり訪れては姿を消す。ずっとここを離れないのはチコだけである。
今年の春、白黒の猫が子猫を連れてやって来て、驚いたことにその子猫をチコに預けて姿を消してしまった。まだ子育てをしたことのないチコが子猫の養育係になった。子猫にはモモという名前をつけた。

チコは高い木からどうやって降りるか、どうやって虫をとるか、モモにお手本を見せて教えている。やたら忙しそう。大きなボス猫が来た時はモモを樋の中に隠して必死に威嚇して追い払う。養育係とはいえ、チコは完璧な賢母に見える。

モモはずいぶん大きくなった。チコとモモは片時も離れず、めちゃくちゃ仲良し。ところがある日のこと、モモの姿がどこにもなかった。
「モモはどうしたの?」と聞きながらチコにごはんをあげて、私は母屋に戻った。しばらくしてチコのところに戻ると、お皿にごはんが半分残っている。これは珍しいことだと思った。普段はペロリとたいらげるのにと。そこへどこからかモモが帰って来て半分残ったごはんを食べはじめた。チコはモモが食べる様子を安心したようなやさしい目で眺めている。
そうか、チコはモモにごはんを半分残しておいてあげたんだ!と気がついた。

チコのモモへの優しさ。驚くばかり。

先日、「ゾウさん、ゾウさん、お鼻が長いのね」の詩で知られる「まどみちお」さんの詩集を読んだ。

「ことり」

そらのしずく?
うたのつぼみ?
目でなら さわってもいい?

という詩を見つけた。「目でなら さわってもいい?」こんなにやさしい表現があるのだろうかと思った。

未だに私への警戒心が取れないチコ。さわるとピクッとするのだ。

まどみちおさんの真似をして、チコに「目でなら、さわってもいい?」と話しかけてみた。チコはきょとんとしていた。けれどそのとき、思いがけず自分がやさしい気持になっていると感じて、改めて言葉の力の大きさを知った。

いいニュースをめったに聞けない世の中だけれど、元気を出すコツが分かった!
やさしい眺め、やさしい気持を見つけることだ。自分自身の心の中にも。それを言葉にすると即効で元気が出ることを発見!ためしてみてください。
2010.6月17日掲載