初出:がくしゅうおおぞら別冊「わたしの宝物より」フレーベル館

兄は、幼い頃にネフローゼという病気にかかり、入退院を繰り返していました。

私は、いつでもどこでも大好きな兄のそばで遊んでいました。でも、普段はやさしい兄なのに、町の中を歩く時だけは「そんなにくっつくなよー。1メートル離れて歩けな」と言って、私の前方1メートル先を早足で歩きました。妹との1メートルという距離に、少年のどんな心理が働いていたのだろうかと考えると、何だか笑いがこみあげてきます。
絵を描くことが一番好きだった兄のそばには、いつも画用紙や絵の具が置いてあって、筆箱には小刀で削った鉛筆がきれいに並べてありました。鉛筆は、それはそれは上手に削られていて、兄の周辺は私からみれば宝物の宝庫でした。
絵を描いている兄を見つけると、私も負けじと画用紙をもらっていっしょに描きました。一枚の絵をていねいに時間をかけて描く兄にくらべ、私はすさまじい早さで描いては次から次に画用紙と芯の尖った鉛筆をねだりました。そのたびに兄は「もっと大事に描かんと紙がもったいないよ」と言いながら、渋々紙と鉛筆を分けてくれました。
ある日、兄は一生懸命に鶏の絵を描いていました。何日間もかけて仕上げられていくその絵を、私は飽きもせず見ていました。魔法のように器用に、きれいに色どられていく…。それを見ているのは、わくわくするほど楽しいことでした。鶏冠の赤。羽の一枚一枚。鳥小屋に張られた網の目のひとつひとつ。その色彩の鮮やかさとていねいさは、兄が世話をしていた「ぼくのにわとり」へのひたむきな気持ちそのものだったように思います。兄が描く絵にはいつも心がこもっていた…とこの頃そう思うのです。
兄は、彼が十三歳になった時、手の届かないところへ旅立ってしまいました。
私はずっと絵を描いてきましたが、心のやさしかった兄と過ごした時代の記憶、夢のように楽しかった記憶を知らないうちに画用紙の上に重ねてきたのかもしれません。
記憶という宝物は決して色あせません。そう思ったら、思わずニッコリ笑ってしまった私です。