幸せは、目に見えるものではなく、さりげなくあたりにちょっぴり漂うようにして存在しているものだと思う。目に見えるものは幸せのごく一部。あとは求めるもの(絵)の強さがバロメーター。淋しさにも苦しさにもどんなものにも負けない創造欲求。これが真であればまさに幸せ者だと言えるのではないか。

 これは恩師からの手紙に書かれてあった言葉で、私は何かにつけてこの言葉を思い出すのだけれど、私の創造欲求と来たら、苦しさに負け、不安に負け、実にふがいない。仕事が一つ終わるとポカーンと心に穴があく。そうなるとありったけの理由をこしらえて絵に向かわないのだ。
そんなある日、小学生の男の子から手紙が届いた。広島で私の童画集やポスターを買った男の子だった。
『すごく淋しかったりした時に僕の涙をかわかしてくれる絵です』と、少しオマセで、そして心がこもった手紙だった。
偶然にも同じ日、松江の小学生の女の子が、童画集の中の『りんごのほっぺの王さま』という絵のイメージで曲を作り、ヤマハのコンサートで演奏した時のビデオを見る機会を得たのだ。何度も何度もビデオを巻き戻してはその曲を聴いた。
男の子が一生懸命書いてくれた手紙も、女の子の電子オルガン演奏もまぶしいほどまっすぐな自己表現で、そのキラキラした透明感に胸が震え、涙がこぼれた。
描くということは、自分と向き合い、会話し、知らず知らず心の中に拾い集めていた感動をヒョイッとつまみ出して表現することだと思っている。でも、それが伝わったのかということは分かりにくいものだけれど、時が過ぎ、『あなたの感動が私の手のひらでこんな形になりましたよ』と見せてもらえることがあるんだなと思ってうれしかった。

急に、よーし、大丈夫だという気持ちになった。
私の絵にはプンプン怒っている女の子や泣き虫の男の子がよく登場する。描きながら、私のほっぺたも膨らんだり泣き顔になったり、こんなところを誰かに見られたらオオゴトだわ、と思うほど夢中になっている一瞬がある。その一瞬こそが『さりげなくあたりに漂うように存在している幸せ』なのかもしれない。

遠くの畑に横一列に並んだ七本の桜の木。それは私が所沢から故郷へ帰った年に両親が植えてくれたのだけれど、年々大きくなり、今年は花をいっぱい咲かせた。
両親は私に『帰ってこい』とは一度も言わなかった。でも、記念樹を植えるほど私が帰ったことがうれしかったのかな、と思うと胸がチクリと痛い。
さて、桜に負けちゃあいられない。今、私は何だかソワソワしている。
2004.4.6