初出:山陰中央新報いわみ談話室

 今朝も可愛らしいお客さまが来ていた。白サギに三羽のカモ。モズやキビタキ、ウグイスやらスズメが、「おはよう」とあいさつに来てくれるのだ。私はアトリエの小窓からそっと見る。戸を開けたら、音に敏感な小鳥たちはみんな飛び去ってしまうから。チチチ、ピピピ…命の音が私の周りにはあふれている。

私は今年の冬、アトリエに薪ストーブを設置した。だいぶん昔のこと、「大草原の小さな家」でお馴染みのローラのお母さんが大事に磨きあげて使っていたピカピカの薪ストーブの写真を見た。その時から、それは私の憧れになった。「生活に使う道具」が大好き。道具は本当に美しいと思う。薪ストーブは私にとって最も美しい道具に見えた。私の絵の中にはそのストーブが何度も登場している。好きだと思ったものは絵に描く。それで満足していたのに、薪ストーブを実際に使ってみたいという夢だけがずっと消えなかった。そして長年の念願叶い、設置したのはいいけれど、肝心な薪の調達に苦労した。
「薪が足りないんだって?」遊びに来てくれた友人、知人の手にはなんと薪が!「これでストーブ焚いちゃんさい」という具合。うわぁ〜、申し訳ないですぅ〜と言いながら、遠慮なく頂いた。ゆらぐ炎を見ながら「この薪はどういう歴史をたどってここに来たんだと思う?」などと言って会話が弾む。薪がパチパチといい音を奏でる。炎に照らされたみんなの顔はまるで子どものように弾んだピンクのほっぺになり、口々に「楽しいね、懐かしいね」と言ってニッコリする。
幼い頃は「おいこ」で山から薪を運ぶ祖父母の姿を見ていた。会社から帰るとすぐに風呂焚きを始める祖父。そばで「やってみたい」とせがむ私。オキ火をかまどに入れて、祖母がご飯を炊いたり、アンコを煮たり。夕飯までの「生活の音」が未だに耳の奥に残っている。私に郷愁に似た感情があったことは間違いないと思う。でも、これからは郷愁などと言っていられないのだ。薪調達の工夫。灰の片付け。ストーブの手入れ、煙突掃除などなど結構大変そう。でも、やってみると意外とその作業が楽しかったりする。今のところ「私は今日から火焚きばあさんになります」と宣言した母が、その一番楽しいはずの作業を独占している。やりたいよぉ〜、と言うのだから仕方がない。どうやら母は私以上に「薪+作業」が懐かしいみたいだ。

いい音を聞きながら過ごした冬が終わった。たまには「憧れ」を思いきって手にしてみるのはいいことだなと思った。明日への活力が出てきた気がするから。いつのまにか「やっぱりやめておこう」式の生き方になっていた私。これからはもう少し冒険してみよう。エレベストに登る…とまでは言いませんから。
2010.4月