初出:山陰中央新報いわみ談話室

 十二月に入って、私は毎晩おもちゃのようなランプにロウソクの明かりをともし、風に揺らぐ光をひととき楽しんでいる。夜な夜な外のランプに灯をともす私の姿を裏山のフクロウやキツネたちはどう思って見ているだろうか。クリスマスイルミネーションとしては省エネだけど、山の中の暗闇にささやかな光のプレゼントをしている気持ちに気がついて欲しい。

 目下、百号の絵を描いている。カレンダーに赤鉛筆で記した仕上げ予定日。う〜ん…と考え込みながらじいっと見る。カレンダーの数字を見る時間があれば早く絵を描けばいいのにねと思うけれど。
大きい絵を描くことは大好きなのに、熱中すれば肩が痛みだすし、いつの間にか散乱した絵の具の中からやっと目的の色を見つけ出せば、絵の具がチューブの先で固まっていて使えない。針金で懸命に先っちょを突つく。意地になってそれと格闘している間に無情にも夜が明けるのだ。悲しい。
それでも毎日描き続ければいつかは真っ白だった紙が好きな色で埋まり、『無』から一つの『物語』が生まれる。これが世間と私とのたった一つの接点であり、少々肩が痛かろうが腰が痛かろうが、表現することの喜び、幸せを忘れてはならないと言い聞かせる。
その繰り返しで今年もまた年末を迎えた。母が『まぁ〜、もう十二月だなんて悲しくなるわ』と嘆く。犬のテツは十一歳になる。口の周りの白い髭を発見して胸がキュンとなった。でも、みんな揃ってお正月を迎えられそうで良かった。

父が入院して一年が過ぎた。昼間は母が、夜は私が父に付き添う。ただ傍らにいて、ただ父の手を握っている。父の手は柔らかくて、ポカポカしていて心の中をぬくめてくれる感じがする。ぬくもった心でアトリエには入り絵を描く。幸せはそこかしこで見つかるのかもしれない。
病院からの帰り道、同じ時間、同じ場所で度々一匹のキツネと出会う。私が描くおちゃめなキツネと違って本物は神秘的な風情を漂わせているものだから、近々何かいいことがあるのかしらと思い、また今夜もあのキツネと会えますようにと願うとさっぱり姿を現さないのだから、甘くないなあと思う。それにしてもそのキツネはずいぶん綺麗で凛とした姿に見えた。
キツネだって苦労や悩みがないわけではないけれど、特に環境が厳しい時代に生まれ、それでも生きる場所はここだと決めて、キツネとしての暮らしを全うしていることに感心する。キツネだけじゃなくてみんな凄い!

これから先、私の絵はどんな出会いを運んでくれるのだろうか。そんな夢を抱きながら、ここが私の生きる場所だと決めた故郷のアトリエで、私は私の暮らしを続けていく。山の中の光の番人の役目もあることだし。
2004.12.28