畑一面に咲くのを楽しみにしてたコスモスが、先日の台風で倒れてしまった。今にも咲きそうなつぼみをいっぱい付けているけれど、無事に咲いてくれるかなぁ?心配。栗の第一郡を収穫した。遅い収穫の方が栗が大きいけれど、まだ小ぶりの栗を母が渋皮煮をしてくれた。絶品!台所で母娘一緒に栗の皮むきという光景に母は憧れているだろうけれど、『あなたの不器用さを見ている方がストレスがたまる』と言って母はせっせと一人で皮を剥く。不器用な娘で何の役に立たない分、思いきり美味しい!と言って食べることにしている。が、どうも最近気持ちがマンネリしている様子なので、母に白い食器をプレゼントした。新しい食器に盛りつける楽しみがあれば料理も楽しくなるというもの。作戦大成功!母は張切っていつもの煮しめを作ってくれた。やっぱり白の食器は料理が生えるねぇ、なんて言いながら親子二人での食事。平和に時が過ぎている。

そこにたまに人が訪れる。先日は、私の文が好きだという方と、私の絵が好きだという方とが一緒に来られた。正直なところ私は昔からけなされている方が居心地がよくて、ファンなんて言われると本当に冷や汗が出るのだ。会話もぎこちなく、お茶までぎこちなく飲んでしまう。そんな時に母が作った栗の渋皮煮などがテーブルにあれば、私のことから話題がそこに行くので、会話がスムーズに流れて行く。大いに助かるのだった。今日は、突然の女性二人の来訪。何でも済生会病院にある絵を見た帰りにアトリエを訪ねて来られたという。パジャマを着ていた私は慌てて着替えた。内心『急なんだから』と不満な気持ちもあった。その間に私に代って母がお茶とお菓子を用意してくれていた。聞けば大田市から病院にある私の絵を見るためだけに来られたとか。その人の顔をよく見ると見覚えがあった。松江で個展をした時にも来て下さっていた方だった。一瞬でも不満な気持ちを抱いた自分を恥じて後悔したけれど、母の素早い対応に、ここでも助けられた。

『ぼやっとしているあなたが一人になったらどうなるかと心配で夜も眠れんわ』と言いながら、母はテツと枕を並べて爆睡していたけれど…。
そのそばで、NHKハイビジョンの『吉田拓郎とかぐや姫の嬬恋コンサート』を見る。シアワセ〜。拓郎、まだカッコいいじゃないの。少し気性が丸くなった拓郎もいいな。拓郎かぶれだった学生時代の恋人も、今頃妻と晩酌でもしながら見ているのではないか…。昔、携帯電話なんてもちろん無い時代だから、待ち合わせが上手くいかずに渋谷駅で3時間もお互いを捜し合った。やっと会えて暖をとりに入った喫茶店の水が一瞬熱湯だと感じたほど、手が冷えきっていたあの雪の日。どうしているかなぁ〜?幸せに暮らしているわね、きっと。
『微動だにせずにテレビを見とるね、少しは動きんさい。』突然後ろから母。寝ていたはずじゃ?まあ、良しとしよう、これが現実というものなのね。

(写真は、左から、さるすべり。まゆみ。倒れてしまったコスモス。だいぶん睡蓮が増えた二号池。そして右下は母の得意料理の煮しめ)