島根県石見地方の伝統文化と言えば、石見神楽であり、各地に神楽社中があって活躍している。まさか私が、石見神楽をテーマにした絵を描くとは思わなかったけれど、そのまさかを依頼して下さったのは今井美術館館長の今井さんで、かれこれ二年前の話だ。今、ラフスケッチをしあげたところ。
石見地方で最も素朴な神楽が舞われると聞いて、恐ろしいほど山奥の山中神社に取材に行ったのも二年前になる。
こんもりとした森の中にひっそりとその神社はあった。夜九時から始まるはずなのに、辺りは真っ暗。人っ子一人いない。今夜で間違いないよねぇ・・?と不安になる。でも聞いてみようにも人が歩いていない。持参した懐中電灯は電池切れ。携帯は圏外。絶体絶命と思ったその時、遠くから懐中電灯の小さな光が近づいてきた。
『まあ、佐々木さん、早かったんですね。この辺の人はね、夜九時からと言うと十時頃にぼちぼちと集まるんですよ』と、懐中電灯の持ち主が説明した。山奥で迷子にならなくてよかったとホッとして、後ろを振り返ったら、いつのまにか人が溢れていた。びっくりした。
さあ、それから、大人も子供も衣装に着替え始めて、始まったのは十一時を過ぎていた。みんな、これからこれからという顔をしている。それもそのはずで、毛布、お弁当、お酒を持参している村人たちは朝まで舞を楽しむのだから、あわてるはずがなかった。
ほろ酔いのいい気分でほっぺを真っ赤にしたおじいちゃんが、伝統を受け継いでくれているちびっ子たちの舞を目を細めて見ていた。
まさにこれは童画の世界だわとその光景を見ながら、興奮したのを覚えている。                 
やっと、描ける日が来た。
この数ヶ月間は、この絵に集中。いつか美術館で見てもらえる日を思い描いて、夢いっぱいに描きたいと思う。