ホームページを立ち上げてほぼ一年。ブログが去年の8月16日に叔母の家で花火を見たことから始まっているので調度一年が過ぎたことになる。ブログを読み返すことはめったにないけれど、ここのところ知らず知らす父のことを頻繁に書いていることに驚いた。ブログとはいえ、公に表現している以上は、私はなるべく飾らず正直に辛いことも悲しいことも書こうと思ってきた。それにしても何かにつけて父のことが多い。今日はそのとどめとなりそうな気配だ。

暑さで気が遠くなりそうになりながら、父を想う。
父は昔から人騒がせだった。大雪で家に帰れなくなった父が浜田市のビジネスホテルに泊まり、そこで心臓発作が起きたとの知らせ。母と腰まで雪に埋まりながら山を下り、9号線でタクシーに乗って迎えに行ったことがあると思えば、大雨の日、父がスリップ事故を起こして慌てて病院にかけつけたことも。自動車は電柱にぶつかってメチャクチャだったけれど、幸運にも父は無傷だった。どんなにいろんなことが起きても最後は笑い話になった。
父が亡くなったのは大雪のために父のいる病院に行かなかった日。これだけは笑い話にはならなかった。

そして新盆のこの日もうだるような暑さでみんなが倒れそうになっている。きっと来年の父の一周忌は大雪に決まってるね、などと話していると、伯母が『変な夫婦だったもんねえ、あなたの両親は』と笑った。『お母さんが赤ん坊のめぐみを連れてうちに家出してきたことがあるんだけど、来る日も来る日もお父さんが泊まりにくるんだもんねぇ。何か言うわけでもなく、とにかく毎日来るわけよ。追い返すわけにもいかないし、変な夫婦だったわよ』
初耳だった。何が原因で母が私を連れて家出したのかは知らないけれど『めぐみにとって父親は世界中でたった一人しかいないんよ』と母が言うと、父は号泣したそうだ。
人騒がせながらもありったけの優しさで一生涯見守ってくれた父。
声を荒げて怒られたことも無い。ただ一度、『大学をやめて絵を勉強したい』と言い出した時に『何でも途中でやめる人間をお父さんは評価しないよ。大学はとにかく卒業しなさい』と諭されたことがある。

一度やり始めたことは最後までやり通すべき、と言うことが教訓的なことを何一つ言わなかった父から言われた唯一のことかもしれない。そんなわけで、絵だけは描き続けている。正直に言うと他のことは実にいい加減だけど。

『今日はお父さんのやさしい香りに包まれた一日でしたね』と浄光寺のごいんげさんがおっしゃった。
ほんとうにそう…。父を想い出すだけで、やさしい香りに包まれる気がする。
いつまでも感謝。お父さん、ありがとう。母も同じ気持ちでございます。ホントよ。さて、いつまでも感傷に浸ってはいないで、しばらくは父から卒業して仕事を再開しよう。うちの畑のスイカも夏の小花もそして夏が大の苦手の母も頑張っているのだから。(写真は見た目は悪くてもなかなか美味しいうちの畑のスイカと可愛い花たち)