夜中は冷え込み、小型のハロゲンヒーターを既に使っている。そろそろ、ショウガ入り紅茶の出番かなぁ?(これはおすすめ。身体の内から温まってきます)
朝方の秋の色が素敵なので、肩にショールを引っ掛けて一回りする。外に出たとたんに野良猫がビックリして逃げるけれど、このアトリエを縄張りにしている猫は、『しごんならん』風ぼうをしている。あいつらの個性的な顔は絵に描きやすい。ここは夜中でもアトリエの灯りがあるし、みんな生きているのだからと、たまにはお腹の足しになるものを柿の木の下に置いておくし、ここらあたりでは一等地ではないかと思うから、激しい縄張り争いをしているに違いない。しごんならんドラ猫が可愛い猫を追い出すのだろうね。この『しごんならん』という言葉を標準語に直すとどう表現すれば良いやら。悪賢いとも違う、転んでもただでは起きないとも少し違う。始末に負えないとも違う。やり手…そうそう、『やり手』が近いかなぁ〜?つまり、アトリエの周りはやり手の猫が多いという事になる。

少し前に『絵と私』というテーマでお話をした福波小学校から手紙が届いた。
先生からの手紙の中に子どもたちの楽しい感想文も添えられていた。
『きよはらせんしゅがすきなことにはおどろきました』という一文が!
絵の他に好きな事は?と聞かれたので、つい野球の話で熱弁を振るってしまったのだ。歌手では高橋真利子を大好きな事まで…。

この頃、個性的な人をあまり見ないように思う。テレビにしても映画にしても、せっかくなら、自分の周りには決していない雲の上の人を憧れながら見たいのに。(例えば浅丘ルリ子や若尾文子とか…似た人など一度も見た事が無い)
で、清原選手はその個性派の一人。何故番長とあだ名されるようになったかはわからないけれど、私はPL 時代からいいなと思っていた。野球に対するひたむきさ、純粋さを未だに持っている人だと思う。西武ライオンズ時代、よく試合を見に行ったけれど、一時も気をゆるめないのは彼一人だった。打順が次の次の次あたりから既に素振りを始め集中していく様子を見た。守りでは他の選手が結構だらけている時でも、彼は緊張を緩めない。非の打ち所がないイチローも悪くはないけれど、清原選手のように、無骨で少年丸出しの選手は今では珍しいと思う。清原選手の前は、田淵幸一選手が好きだった。ネクストバッターボックスでの『立ち姿』に惚れた?のだった。彼がネクストバッターボックスに入り、静かに集中しているだけで投手の手元が狂う。松井選手のそれとはまた違う怖さ。キャッチャーで、江夏とバッテリーを組んでいた時代が彼の一番素敵な時期だったと思う。
高橋真利子は時代に合わせるという事ではなくて、自分のスタイルをしっかりと守りつつ、益々素敵になっているところが大好き!

話はずいぶんそれてしまったけれど、子どもたちには是非個性的であって欲しいと思っている。同じじゃつまらない。自分らしさを大切に、そして自分らしい価値観を築いていって欲しいと切に願う。生意気だけれど、そう思う。本日、熱弁の巻きでした〜。