しまね海洋館アクアスで、今年三月にゴマフアザラシの赤ちゃんが生まれた。でも、喜びはほんの一瞬。母さんアザラシのサクラが子育てを放棄したものだから、獣医さんやスタッフの方々が、サクラの代わりに赤ちゃんを育てることになった。熱がある赤ちゃんを付きっきりで治療をした獣医さんと、スタッフの懸命な世話で赤ちゃんは助かり、すくすくと育っていった。水族館でアザラシの赤ちゃんが生まれ、人間が保育して成功した例は初めてだということ。
 そして全国にゴマフアザラシの赤ちゃんの名前を公募したら、ナント、二万通の応募があったそうだ。その応募の中から名前を決定する選考会に出席して欲しいと連絡があったときは飛び上がって喜んだ。前の日は遠足前の子どものようにウキウキワクワクしすぎて一睡も出来なくて、自分でもおかしかった。

 名前は『チェリー』に決定した。応募数が一番多かったのは、ももちゃんだったけれど、『お母さんの名前がサクラ。サクラの子供だからサクランボ。サクランボだからチェリーがいい』という理由付けが微笑ましくて、『チェリー』になった。
名付け親には出雲市の六歳の男の子が選ばれた。
                  
 九月十八日、いよいよ命名式の日。チェリーちゃんも一緒に出席すると聞いて、
朝からソワソワ。会場に着くと名付け親の男の子がものすごく恥ずかしそうにうつむいて立っていた。そこへスタッフの人が申し訳なさそうに入ってこられ、『チェリーちゃんは二三日前から熱が出て出席出来ないんですよ』と。獣医さんが付きっきりで看病しているけれど熱が下がらないと聞いて、命名式どころではないほど心配になった。
 『チェリーちゃんと会えなくて残念だったね』と男の子に声を掛けると『ウン…、でもボク、また会いにくるから』とさみしそうに答えた。『そうだね、きっとすぐに元気になるから』と励ましたものの、私も心の中では男の子と同じくらい泣きそうな気持ちだった。

 翌日、テレビニュースで『チェリーちゃん、死亡』というニュースが流れた。
耳を疑う。
あの男の子、今頃泣いているに違いない。あんなに愛情を注いできたスタッフの悲しみはいかばかりだろうか。沈んだ気持ちで一日を過ごした。

 母さんアザラシのサクラは何故子育てを放棄したのだろう…。地球環境の狂いが並大抵ではないことをここでも警告しているように思えて仕方がない。
 
 チェリーは愛くるしい目をしていた。ほんとうに可愛かった。あれじゃぁ、みんなから可愛がられたはずだね…。もう会えないなんて淋しいけれど、ちゃんと、あなたに挨拶します。
 
 さようなら、チェリー。
 ありがとう、チェリー。