早朝、手先足先がしびれる寒さ。もちろんストーブは使っているけれど、このアトリエの寒さは、なかなか厳しい。
昔、離れの二階をアトリエにして使っていた。10年前、所沢から江津に帰った時に、階下の納屋を改造して新しくアトリエを造った。あの時の父の嬉しそうな顔を今も忘れない。大工さんと念入りに打ち合わせをしていると、病身の父が度々様子を見に来た。足場の悪いところで、もしもつまづいて転んだらとハラハラして、しまいには父を怒ってしまう。それでも毎日楽しそうにやって来た。

アトリエが出来ると、どういうわけか父は余りアトリエに来なかった。気に入ったCDが手に入ると珈琲を入れて父を招待したけれど、そういうときだけだった。遠慮していたのかな?庭続きのアトリエに私がいるというだけで安心していたのかもしれない。
10年も経つと結構年季が入って来るもんだわとため息まじりに天井を眺める。思い立って窓を磨いた。外を見ると、あれれ、池に薄い氷が張っているじゃないの。寒いはずだわ〜。

震える寒さに負けず、桃の木や梅の木にいっぱい小鳥たちがいたのでご挨拶に外に出てみた。水仙の花のオフホワイトと、夏みかん、ロウバイの黄色とセンリョウの赤が庭のヒロイン。母が『テッちゃんが待っとるのにお墓に行ってやらんの?』と言うので、久しぶりにテツのお墓にも行ってみたら、ハナミズキの木の芽が去年よりも力強く出ていたので嬉しかった。テツのところからアトリエを眺める。そして父のところからアトリエを眺める。よく見えるわ、と確かめては安心する。しつこいほど確かめてしまう。

アトリエに戻り、あと一時間ほど描きかけの絵を描こうと机に座った。

描きかけの絵は『職場の教養』(倫理研究所発行)という冊子の中の『江戸しぐさ』という文の挿絵だ。一色の線描きだし、しかも時代物。正直なところ、全く自信がなかった。でも最近は楽しみに文章を待つようになった。江戸しぐさは今注目されているけれど、読んでいてなるほどと感心することばかりだから。

例えば、時間泥棒をしない(人の時間を無断で取らない)。人を見たら仏の化身と思え。人を身なりで判断しない(身分を質問しない)。威張る人が一番軽蔑される。お金や身分に屈しない江戸小町。雨の日、狭い道ですれ違うときは、相手が濡れないようにお互いの傘を少し傾ける『傘かしげ』。美しいしぐさだ。例えば船など混み合った場所に人が入って来たら、拳ほど腰を浮かせて横にずれて座らせてあげる。人とすれ違うときは、挨拶の優しい目線を送る。今回の挿絵は人に足を踏まれても『こちらこそうっかりしていました』と謝る『うかつあやまり』。
これが守れたら本当にいい世の中になるよね、といつも思う。そういえば、昔、テツと『よ〜いドン!ゲーム』をして遊んでいて、テツに右手小指を噛まれ大怪我をしたことがある。

病院から帰るとテツが私の足にすり寄り、ごめんねと泣きそうな顔をして私を見つめた。『テツが悪いんじゃないんよ。姉ちゃんがよそ見していたからいけなかったんよね』と言ってテツを左手で抱きしめた。そうだわ、私はあの時、『うかつあやまり』をしていたんだ!えらいなあ〜、私?