紫陽花の季節。少しづつ株分けした紫陽花が庭のあちらこちらで元気に咲いている。母と二人で父のお墓に持っていった。『おお、きれいだな』という父の声が聞こえそう。近くのテツのお墓にはおまんじゅうのお供えを。なにしろ、あんこが一番好きだった。『からすに食べられるから早く食べんさいね』とテツに言っておいた。とぼとぼとアトリエまで帰ると、雨に濡れてクリスタルのようにきらきらと輝くスモークツリーが迎えてくれた。

ああ、まだ頭がボーとしている。19日は母校である江津高校の『職業インタビュー』に出かけてきた。大田市三瓶山にある青少年自然の家で江津高校一年生のインタビューに答えるという役目だった。今井産業の人、看護婦学校の教員の人、銀行の人、出版社の人など11人のキャリア人の中に入って気恥ずかしかったのなんの。
私の高校時代。と言えば、めまいがするほど昔の話になった。数年前に当時の担任の先生から、佐々木君達の学年は『伝説の学年』で、今も語りぐさなんだよ、と聞いてビックリした。男女の仲が良くて、ケンカもいじめもなく、頭はいいし、と言う事らしい。確かにケンカした事もいじめられたこともなかったし、特別に受験勉強をしているように見えなかった同級生達が続々と東大やら早稲田など有名校に合格した。優秀な彼らを尻目に私には特別に志があったわけではなく、東京のどこかの大学に合格しさえすれば良かった。東京に行けばそのうち自分の進む道が見えてくるだろうと。どういうわけか私は小学生の頃から大きくなったら花の都、東京に行くんだ!と思っていた。大学生になってからも、絵を描こうなんて爪の先ほども考えなかった。だから、なんにしても人間は分からない。

どうすればイラストレーターとか漫画家になれますか?という質問が多かった。
資格をとるいうことでもないし、確実なノウハウも無いし、だから、『本当に本当に描くこと、表現することが何よりも好きだと気付いたら、まずは自分を信じて、一生懸命に描き続ける。そのうち神様は必ず貴重な出会いを用意してくれると私は信じます』としか答え方が見つからなかった。

最近、『佐々木の腹のくくり方はいい』とか『覚悟を決めているね』とか言われた。腹をくくっているなんて、考えたこともなかった。正直なところ、絵を描いていくことには迷っていないと思うけれど、得体の知れない不安が頭をよぎるのはしょっちゅうだし、迷うし、本当は生徒達のインタビューに答えるどころじゃないのだから。

でも、大好きな事をひとつ見つけることは大切だと思う。その大好きなことを仕事に出来たら、たとえ苦しさがあっても幸せに違いないから。それは様々な出来事にくじけない力になると実感している。だから生徒達に伝えるとしたらそれしかないといつも思っている。

後輩達のきらきらと輝く目。一方で青年特有の不安げな目を見て、その若さを眩しいと思った。

こっころ一周年キャンペーンのポスターが仕上がってきた。母子手帳カバーも仕上がった。母子手帳のカバーは文庫本のカバーにもなる。というわけで、右開きでも左開きでも両方で楽しめるように絵を描いた。私は早速藤沢周平の文庫本のカバーに使った。

故郷で絵を描いていることをどう思いますか?という質問もあった。

 

面白いです!と答えた。今井館長さんや県や市の方々ともああだこうだと楽しく仕事を進めているし、いい友達がいるし、デザインや印刷を頑張って下さる方々がいるし、得体の知れない不安を抱くのはしばらくやめておくべき、かなあ?