毎日が本当に慌ただしく過ぎていく。ハワイの童話集の文の校正、絵の色校正が、かなり大変!とにかくいい本にしたい。それだけだけれど、印刷が難しい絵だから、神経がぴりぴりしているのが自分でも判る。

そんな中で、一瞬笑顔にしてくれるのが、子猫のチコちゃん(母がつけた名前)だ。子育て放棄されている様子を見て、うちで世話をし始めたのだけど、そのうち、美人の母猫が時々現れてチコちゃんを抱っこしている姿をよく見かけるようになった。ある日はチコちゃんが高い木に昇り、降りられなくなっていたから助けようかと思ったら、ちゃ〜んと母猫がそばで見守っていたのだ。「ほら、いったん、ここに降りなさい」とチコちゃんにお手本を見せた。するとチコちゃんは母親の言うとおりに降りてみせた。その姿には感激した。そのうち父猫まで来るようになり、今では三匹が仲よく一緒にいるのだ。とはいえ、親猫はいつのまにかいなくなり、夜はチコちゃんだけが、うちに残るのだった。チコちゃんはうちが住まいだからと決めているのか、両親について行かない。母が庭仕事をしていると、母のそばで遊んだりして。こうなると可愛いものね。子猫のくせにけっこう悠然としていて、自立心がある。天地人の与六みたいな将来大物の猫だね、と話しているけれど?

昨日は映画「おくりびと」を母と観に行った。私にはまだ、父の旅立ちが生々しいから、それを観るのは何となく気が重たかったけれど、母が観たがったので行くことにした。観てよかった!納棺師の所作が見とれるほどきれいだったし、チェロの曲が流れると、いろんなことを思い出して涙が流れた。敬遠されるテーマを自然体で淡々と表現しているから、映像がするするっと無理なく心に入ってきた。主演のモッ君(本木雅弘)が、まだ20代の頃に納棺師が書いた本を読んで、それを映画にしたいとずっと考えていたというその事自体が驚き。どういう感性なのだろう。「おくられる立場」と「おくる立場」で、ずいぶんとらえ方が違うのだろうね…。口には出さなくても、頭のかたすみにいつもいつもあるテーマだということは確かだ。3年前、父の旅立ちにぼう然とするあまりに私は涙もこぼさず座っていた。父の法名の中に「香樹」という字を見つけて、いかにも父らしいと思ったその時に、心がすーと軽くなり、「安心した」一瞬の感情を思い出した。

夜は急にチェロが聴きたくなり、ずっとチェロのCDを聴いていた。