HPのエッセイに載せるため、山陰中央新報のいわみ談話室に掲載してきた文章を年代順に整理。所沢から江津市に帰って7年が過ぎ、いわみ談話室への掲載は今年で6年になる。
久しぶりに机の中から新聞の掲載文の切り抜きを取り出した。6年分となるとけっこうな枚数になっているので驚いた。
一人娘なので、老いが見え始めた両親のことは気になっていたのだけれど、父の発病を知って所沢を猛スピードで引き払って江津に帰ってきたんだっけ。
一枚一枚読み返していると、母と二人三脚での父の介護が始まった頃、父はまだ私と散歩出来ていたということ、父のユーモアあふれる言葉で、母も私も日だまりの中にいるような毎日を過ごしていたということ。そのうち、入退院を繰り返し、今は長期の入院となり・・
そういうことが、掲載文のところどころから具体的に甦ってきた。
ちょっと悲しかった。思いがけず涙がこぼれた。
でも、病院に行けば、父が『待っていたよ』という顔を見せてくれるのだ。どんな時も、その一瞬に幸せは必ず存在するはず。
今この時を、いつか思い出として思い出したとしたら、きっとキラキラと輝いて見えるに違いないんだから。そう思いながら外を見ると、いつのまにか夜が明けていた。
また仕事をしなかったわね、メグさん!というもう一人の私の声が。
まあいいや、明日、頑張るんだから!