12月22日は、白寿園への絵(タイトル ウッキウキ F50号)の搬入日。額縁が最近は船便で海外から来るのだけれど、普通なら12月5日に到着の予定が遅れに遅れた。みゆき画材の田辺さんも私も、それこそ、エ〜?って感じ。焦った。でもギリギリ20日に到着。良かったぁ〜。それにしてもすご〜いギリギリ。

午後目が覚めると大雨が降っていた。田辺さん、雨の中、搬入大丈夫だったかなあ〜?と気になる。夕方にでも見に行ってみようかと思ったけれど、少し早めに支度をして出かけた。白寿園に着いて中に入ってみると、ジャ〜ン!! 式典の最中だった。驚いて立ち止まっていると、「良いところに来られました。ぜひ、ひと言」な〜んて言われてますます心臓ドキリ!何を話したか覚えていない。
この絵は白寿園前園長の湊時子さんと、前生活支援課部長の佐々木康子さんからご依頼頂いた絵で、湊さんも佐々木さんも当日まで式典が行われることをご存じなかったそうだ。(写真はそのお二人。そして3枚目は現在の園長さんも加わってくださった写真)

ちょっとにぎやかすぎたかなと思った絵だけれど、白寿園に飾られ、おじいちゃんやおばあちゃんが楽しそうに見て下さる姿を見ると、これでよかったんだと胸を撫で下ろした。白寿園は私の祖母がお世話になったところでもあり、湊さんと佐々木さんから依頼頂いた時は飛び上がりたいくらい嬉しかった。依頼から約2年近く待っていただいて心苦しかったけれど、体の力が抜けるほど安堵した。

祖母が亡くなって5年になる。父の介護で母のひざはもう手術しか方法がないほどに悪化。母が手術することをきっかけに、祖母を白寿園に預けた。家族の心はどこか後ろめたいものであり、特に母は娘として身を切り刻まれる思いだっただろう。母の代わりに、私はたいがい夕食時には祖母のところに行ったけれど、祖母は満面の笑みで迎えてくれるのだった。マンツーマン式というか、ジョークの上手なスタッフの方々から至れり尽くせりで介護していただいていることがわかり、どんなに気持が救われたことか。母も私も心から感謝している。

5年前、今井美術館での個展が始まるその2日前に祖母が危篤になった。後もう2年で100歳という年齢。延命処置はしないで下さいとお願いしていたけれど、スタッフの方々が、童画展の初日におばあちゃんが亡くなるのはかわいそう、なんとか頑張ってみますと言って、医師との連携で点滴など懸命の治療をして下さった。出来立てほやほやの童画集を意識のない祖母の枕元に置いてひとまず帰った。翌朝、祖母は意識をとりもどし、童画集を手に取って「こりゃあ、孫の絵だが〜」と嬉しそうに言ったそうだ。良かった!持ち直したと思っていたその日の夕方に祖母は息を引き取った。それこそ、ロウソクの火がスッと消えるように。悲しかったけれど、大往生。出来ればこんな風に旅立ちたいと思った。

祖母との思い出がつまっている白寿園に絵が飾られてほんとうに嬉しい。