カレンダーの絵最後の6点目を描き終えた。母を温泉にでも連れて行ってあげようかな、なんて思っていると、何だか凄い雨音。今までに体験したことのない恐ろしい雨音にアトリエを出て見ると、なんと、泥水がすぐそばまで迫ってきていた。目の錯覚かと思った。どう見てもグングンとこちらに水が迫ってきている。ウソ、ウソウソ〜、ウソでしょ!と騒ぎながら寝ていた母を起こした。テツも起きてきた。夜中の3時のこと。

運良く雨が小振りになったので泥水の動きは静かになっている。外の水を気にしながらも、お腹すいたねぇと、母とテツと三人でおにぎりを食べた。テツは予定外の時間に母と私がそばにいるのでへらへらと笑ってばかりいた。

テツを真ん中に母とおしゃべりしている間に夜が明けた。外に出て見ると土手が崩れて、そのせいで水路が断たれて行き場を失った水が家の方に入ってきたのだと分かった。土木の人たちがとりあえずの応急処置をして下さった。親戚や友人から『大丈夫だった?』と、裏山のある我が家を心配しての電話が来る。母が例によってずっとしゃべりまくりだ。おばが、父が元気で生きていてくれたらこんな時心強いのにとほろりと泣いた。確かにどんな時も冷静沈着な判断をして母と私を守ってくれた父だった。でも、父の不在を考える余裕はなかったなぁ(お父さん、ゴメン!)。パニックの時はどうにかしようという気持ちでいっぱいだし。
でも、きっと父が守ってくれたんだと仏前にお礼をした。
それからは片付けに大変。
お弁当でも買ってこようかと言っていたら、今井館長さんがうな丼を差し入れして下さった。ウワ〜イ、ウレシ〜と母の顔がほころんだ。『お父さんがうな丼大好きだったから、お父さんにお供えしてから食べよ』と母。ものの1分。『お父さん、食べた?いただくね』と早々と食べ出した。おいしいねぇ〜。『たった1分じゃお父さん、食べる暇がなかったねぇ』と笑った。こうしてナントカ生きていきますよ、お父さん。

いっこうに止みそうにない雨。さっき裏の水路を点検したら、上手から流れてきた土砂が水路に蓄積して水路の深さが浅くなっている。
松江、出雲も大変なことになっているし、長野県岡谷市の被害は特に凄まじい。胸が押しつぶされそう。早く晴れて欲しい。
(写真は一向に雨が止みそうにない空と水路に蓄積してしまった土砂)