生暖かい強風と時折の雨。かと思えば夜中は結構冷えて、この時期の体調は、何だかだるい感じ。

日曜日は、山陰中央新報、本誌の方には「あったか家族」(ことのは大賞〜島根県)にイラストが掲載され、2週間に1度配布される同じく山陰中央新報の情報誌「りびえーる」の表紙に掲載。

もちろん、この道で生きているのだから、それは嬉しいことだけれど、日曜ごとに心臓がドキドキしてしまう。色が…心配で。初回の「りびえーる」は色が沈み、2回目の今回は色が薄すぎの印刷。なかなか上手くいかないなあ〜…。

気落ちしていると、友人たちが、「印刷される紙が新聞紙だとみんな分かっているし、色が沈んだら沈んだで、その味で見るから大丈夫よ、楽しさは十分に伝わってくるよ」と慰めてくれるけれど、最初に見た時のショックは、なかなか大きいものがありまして。

ま、いいや、またいつか原画展の機会があるときに、この原画は見ていただこうと思い、気を取り直している。結局は、アバウトな人間なんだと自分で感じている(笑)。(で、毎回、色が沈むことを想定して、デザインを工夫していただいたり、今回も様々お世話になっています。デザインも細かく見ていただくと楽しいかと思います)

最近、心ウキウキしたことは、あの「大鵬親方」のサインを頂いたこと。サインというよりも大鵬親方の「書」であり、そこには大きく「夢」という字が書いてあった。その筆字が、お相撲さんだけあって、力強く、でも、しなやかで素敵な書だった。江津の知り合いの方が、大鵬親方と交流があり、私が昔は大鵬のファンだったという話をしていたので、わざわざ大鵬部屋にお邪魔して頂いてきてくださったそうだ。早速その日は、トンカチとねじ釘を久しぶりに持って、額装してあるそれを玄関に取り付けた。「お母さ〜ん、我が家の家宝だねえ、これ」

巨人大鵬卵焼き、という言葉が流行ったけれど、私も美しく風格のある大鵬が大好きだった。子どもながらに大鵬の少し悲しそうな顔が好きだった。父は柏戸、母は豊山のファンで、当時、夕方5時になると、まずは母が父のお酒のおつまみを作り、私がそれを運び、3人、テレビの前で応援合戦したものだ。父はご機嫌で、うまそうにビールを飲んでいた。

もちろん、そのとき「私は幸せだ〜」なんて思っていないけれど、思い出せば、それは、なんと幸せな光景だろう。大鵬親方の書を見ると、いっぺんにその時がよみがえってくる。

野球も大相撲も、最近はあまり見なくなってしまった。体制がどうのというよりも、野球も大相撲も、父の楽しい解説があってこそ、観戦が楽しかったのだろうと思う。

昔を懐かしんでも仕方が無い。今を受け入れなければ。
母と二人、静かな生活。寂しくないと言えば嘘になるけれど、二人とも「自由」を楽しんでいる。これはこれでいいのだ、と思う。

猫のモモちゃんが、やっと子猫をアトリエのそばの渡り廊下に連れてきた。
香りのいい桜の薪の上で子育てしていたので、正直匂いが気になり、ハラハラしていた。やれやれ、ほっとした。今日も相変わらず、母とモモちゃん一家のかわいらしさに話題が集中。

そんな日々です。