岡田君。
シクラメンの岡田君。

岡田治夫さんは浜田市議会議員を三期も務めてきた。
でも、私にとってはいつも「シクラメンの岡田君」だった。

同級生の中で特に仲の良かった岡田君が亡くなった。
悲しくて、このブログに書くつもりはなかったけれど、
何度も岡田君については触れているので、やはり書かなければ、と思った

岡田君が11月21日の夕方、木を伐採中に重機ごと転落して亡くなったことを翌日、友人から知らされた。驚いて新聞を読む。ニュース欄に出ていた。
ちょうど、所沢の智ちゃんが来る日の朝のこと。

童画展のとき、いつも真っ先にシクラメンを持ってかけつけてくれた岡田君。今回は遅いので、電話してみようかなと思っていた矢先だった。

年末にはシクラメンを持ってやって来た。
注文以外に、「これはお母さんにあげて」とシクラメンを余分に、
そしてビオラなど「庭に植えておいたらきれいだよ」と言って、たくさん
置いて帰ってくれた。そして帰り際には「お母さんに長生きしてもらえよ」と
優しい言葉をかけてくれて、ほんとうに温かい人だった。

岡田君のシクラメンは、土から自分で作るので、6月頃まできれいに咲き続ける。葉っぱまで美しかった。岡田君の人柄通りの、花びらが気持ちがいいほどまっすぐに伸びた、いかにも清楚な岡田君のシクラメンが大好きだった。
「あんなにすばらしいシクラメンを作るのに、市議会議員を何故やらんといけんの?シクラメン一筋でいいでしょうに。」と私は憎まれ口をきいてしまったけれど、それは、お父さんの遺志を継いで、ということだったらしく、悪いことを言ってしまった。

私のことが新聞に載ると、よく電話してくれた。
「新聞に載っとったな。」ただそれだけで、「新聞に載っとったな」だけ言うのだった。言葉少なでも、いつも励ましてくれていたのだ。

母と智ちゃんに見送られて、波佐公民館でのお葬式に行って来た。
車で行けども行けども着かない。
いつか、母と一緒に岡田園芸を訪ねたけれど、波佐からさらに山奥へ行くらしく、途中、道に迷って引き返した。「メグさんが到底来れるところじゃないから来なくてもいいよ」と言っていた。こんなに遠いところから
シクラメンを持って来てくれていたんだ…と思った。

お葬式には、すごい多くの人が来ていた。

呆然とされている奥さんのとなりで岡田君と瓜二つの息子さんが
母親を守るように寄り添っていた。
どんなにかショックだっただろう。言葉が出ず、ただ泣くしかなかった。

帰り際、波佐公民館のガラス戸に「佐々木恵未童画展」のポスターが
貼ってあるのを見た。岡田君が貼ってくれたのかな…と思った。

寂しいよ、岡田君。
温かかった岡田君を生涯忘れません。
今まで本当にどうもありがとう。