台風で倒れていたコスモスが無事に咲いて、嬉しくて母と写真を撮った。母は風景中心に撮るから必ず私が写真からはみ出るので、どうしてこうなるんよ〜!と言って、ついついしかめっ面になり、いつもろくな写真が無いのだ。それにひきかえ、私が撮る写真は上手い事?(母初公開!へへ。中央は母が撮ってくれた7枚の写真のうち、やっと頭が切れずに撮れた写真。右上は赤くなり始めた柿)
こうして庭や畑で楽しむのも久しぶりの事。何やかやと忙しかった。

いよいよ、今井美術館で、カレンダーの販売が始まった。今までの企業カレンダーは売り物ではなかったから呑気にしていたけれど、今度は売り物。ハラハラドキドキ。あぁ、売れてくれるといいなと気持ちはその事ばかり。『大丈夫よ、絶対に喜んでもらえるもの』という今井館長さんの軽やかな声と、月森さんの頼もしい?笑顔に救われている。さらに知人や友達や身内も協力をしてくれて、お陰で好調なスタートになった。あらためて、今まで絵を描いてこられたのは自分の力じゃないなと感じて、周りの人の心に感謝の日々を過ごしている。それにしても気が張っていたから、ちょいと安心したとたんにまた怪我をした。机に思いっきり弁慶の泣き所をぶつけた。見れば皮がベロ〜ン。

まだ一度も入院した事が無い私だけれど、呆れるほど怪我が多い。
まぁ、おっちょこちょいなんだけど、怪我となるとこれがなかなか大怪我になるわけで…。
1年前はただ転けただけなのに、足の親指の爪を抜く事になるし、その前はテツと杏の実の取りっこをして遊んでいて、テツが間違って私の右手小指をガブリ!
全治80日の大怪我だ。あの時、テツが私の足にすり寄って悲しい顔で私を見上げて『ごめんね、ごめんね』と言い続けた姿が忘れられない。テツが悪いんじゃないのよ、と抱きしめ続ける日々だった。あの日以来、テツは一度も『取りっこして遊んで』と私にせがんだ事が無い。あの治療は不思議だっなぁ〜。小指の爪の生え際2ミリのところでまっすぐに切りそろえ、アルミをかぶせて『再生』させるという最新治療が選ばれた。担当のハンサムな先生が治療中は傷口を私に見せないように配慮して下さっていたけれど、ところがどっこい、私は傷が治っていく様を観察する事が大好きなので、ちょこちょこ隠れて見ていたのだ。本当に再生していった。人間の身体の再生能力はすごい!
昔、兄と留守番をしていた時にストーブ上でで煮えしじれていたやかんに水を足そうとして足に大やけどを負った。帰ってきた父がよほど驚いたのだろう。自家用車があるにも拘らず、私を抱きかかえて、やけどの特効薬があるといわれた病院に一気に走った。その傷跡も今は跡形も無い。足の爪も右手小指も見事に?再生している。傷負けしない祖母の体質を受け継いだのかもしれない。人間どこか良いところもなきゃね〜。
が、傷というものには必ず思い出が刻まれている。それを見るたびに兄や父を思い出せるので決して悪いものではないと思う。傷跡少しくらい残っても良いのにと罰当たりな事も考える。
この腫れたムコウズネは、ただのそそっかしい記憶だけだろうけれど。あぁ、ばかなことをしたわ。ひびがはいってないかなぁ〜?やけに痛い。