ようやく春だというのに、数日前、雪が降った。どんなに雪景色がきれいでも寒いのはニガテ。でも、早朝、少し強い風に吹かれて斜めに降る雪が不思議に心にしみ入った。
きれいだなぁ、あぁ、きれいだなぁ。
思わず寒さを忘れて雪に見とれていた。

『こんな素敵なものをもらっても中に入れる宝石がないよ〜』と笑ったけれど、私へのごほうびだそうだ。『お父さんが亡くなって、悲しみに耐えながら、全ての事務処理をお母さんの協力を得ながらやり遂げた恵ちゃんの姿。素晴らしい身内を持てた事に感謝。大変な時期を乗り越えてきた恵ちゃんへの功労賞です』という手紙が添えてあった。母が手紙を読んで泣いていた。私は『おばちゃんからごほうびもらったよ〜』と父に報告した。

身内の事を自慢するのはみっともないかもしれないけれど、叔母は大した人だと思っている。母と私は父の死を何年もかけて少しづつ覚悟をしてきて、それでも父がいない現実がこんなに悲しいのに、叔母は42歳の時に、教師で生徒から絶大に人気があった夫を突然、事故で失ったのだ。その悲しみは壮絶だったはず。でも、それ以降、私は叔母の泣き言を聞いた事がない。背筋をピッと伸ばして、むしろ強いという印象を世間の人には見せた。その陰で叔母は何度も何度も号泣したことだろう。子ども2人が独立した後、今も一人でシャキッと生きている。
叔母は、夫への誇りと数えきれない思い出に感謝していると私に言った。

プレゼントと言えば、およそ15年間私の部屋にあるタイ国製のスタンドは、親友の智ちゃんがプレゼントしてくれたものだ。彼女は昔、輸入雑貨のお店のオーナーだった。貯金を全部投資して始めたお店だったけれど、不運にも閉店することになってしまって、『この一番好きなスタンド、閉店の記念にメグさんにあげる』とケロリとして持ってきてくれたのだった。そうは言っても、ショックを受けているに違いないからと心配し、翌日彼女の部屋を訪ねた。すると、『ア、今日ね、朝日新聞の求人欄を見て面接に行ってきたのよ』と言う。『で、どうだったの?』と聞くと、『年齢が合わない、だって。失礼しちゃうわ!』とプンプン怒っていた。びっくりした。前向き。一晩泣き明かしたに違いないけれど、へこたれるもんか精神は彼女からも学んだ。今は結婚をしていて、笑いの絶えない幸せな生活をしている。自由奔放さは今も変わらずなれど。彼女の結婚式の日、お母さんから『智子が一番苦しいときにそばにいて下さってありがとう』と言われ、泣いた事が思い出される。実はお世話になったのは智ちゃんより少々年上の私の方だったというのに。

何があっても、泣くだけ泣いたら、その後はへこたれず、シャキッと生きている人がそばにいてくれるということ。ありがたいなぁ、と心の中で何度もつぶやく。
そんな事を考えながら雪を見ていたからかなあ?
あの雪が特別にきれいに見えたのは。