1年間描いてきた月刊絵本の絵が最終号を迎えた。せっかくだから4月号から来年の3月号までの絵をつなげて、12点の絵を全てつないだら、ひとつの町が出現するということにしましょうと提案した。大変だったのなんの。言い出しっぺだから愚痴は言えないし、毎回アイデアを考えるのが楽しくもあり、プレッシャーでもあり。ともかく、その最終号はまだ描き終えていないのに、ホッとした気持と終わってしまう淋しい気持を編集者の小山さんと分かち合った。絵を描く側はけっこうメンタル面が大きい。やる気を上手に引き出して下さった小山さんにひとこと。ありがとうございました。

2ヶ月くらい前になるのだろうか。NHKハイビジョンでいい番組を見た。動物行動学者の少年時代の話。感激するとみんなに話したくなるのが私のクセだけれど、肝心な博士の名前が思いだせなくて、NHKの過去の番組というところを検索してもまるっきしわからなかった。つい先日県庁の方が仕事でアトリエに来られ、その時にもその話をした。「いい話だから、ぜひその博士の名前を知りたいですよね」と。ああ、わからなくて残念。ところが、その県庁の方が、「名前がわかりましたよ」と博士の名前を教えてくださった。あんなに調べてもわからなかったのに、どうやって調べたのですか?と尋ねると、ナント、NHKに直接電話をして聞いてくださったのだとか。ほんとうに嬉しかった。そんなわけで、やっとここでちゃんとした話が出来る。

NHKハイビジョン特集 〜渋谷でチョウを追って〜
動物行動学者 日高敏隆の夢

という番組。動物とか昆虫とか番組のタイトルにあると、たいがい私は逃しがない。その日も楽しみに見たのだった。

日高少年は体が弱い子どもだった。それを心配した父親が外で虫採りでもして元気になってほしいと、虫採りアミをプレゼントする。日高少年はそのアミを持って毎日外に出る。そのうちにチョウチョがいつも同じルートを飛ぶことに気がつく。何故チョウチョは同じ道を飛ぶのだろうか。当時は農家が多かった渋谷の町を、来る日も来る日もチョウチョを追いかけてまわった。そのうち学校をさぼるようになり、校長先生から「おまえなんか死んじまえ」とひどく怒られるようになった。少年はそのうち本気で死ぬことを考えはじめる。ところがそこに救世主のような先生が現れるのだ。日高少年が昆虫に詳しい様子を見て、「みんなで遠足に行って日高から虫のことを教えてもらおう」と提案するような先生で、しかも少年が怒られて立たされたときは一緒に立ってあげるようなやさしい先生だった。ある日のこと、その先生が突然、日高少年の家を訪ね、少年に向かっていきなり「日高、死ぬんじゃないぞ!」と言う。日高少年が本気で自殺を考えていたことを何故先生が見抜いたのか、今もわからないという。そして続いて先生は父親に手をついて懇願する。「日高に昆虫学を学ばせてやってください」と。先生の気迫に驚いた父親が思わず承諾してしまう。そのあとの先生の言葉がすごいのだ。

「日高、良かったなあ〜。でも日高よ。外で虫を追いかけているばかりではダメだ。本を読め。本を読むには国語を勉強しろ。カメムシが何故臭いかを知るためには生物を。チョウチョはいつ頃からどこに生息したかを知るためには歴史、地理を勉強しなさい。そして外国にも行かなければね。だから英語を勉強しなさい。そのために日高、学校へ行きなさい」と言うのだった。しかも「おまえなんか死んじまえ」と言うようなひどい校長がいる学校から、日高少年に合うような学校へ転校させた。日高少年は先生から言われた通りに学校へ行き、動物行動博士の道に進んだ。しかも少年時代の疑問「チョウは何故同じルートを飛ぶのか」ということを20年かかって研究して突き止めた。それは光の強い方へ強い方へ飛ぶということ。そして、その目的は子孫を残すこと。

日高少年はその先生に会わなければ本当に死んでいたかもしれない。ひとりの少年の良さを、才能を、個性を伸ばしてやりたいと懸命に考えた、まさしく恩師である。40年後に二人は再会している。

私はこの番組を涙を流しながら見た。
私にも恩師がいる。いろんなところで既に話している有賀先生だ。「君の絵は下手だ。しかし、誰にも真似出来ない佐々木君独特の世界を持っている。そのまま、進むと良い」と言ってくれた先生だ。個性を心から認めてくださった、ということ。それがどんなに「生きる勇気」につながるか、「生きる力」になるかということを身をもって知っている。

みんながそれぞれ個性を輝かせて生きていけますように。