深夜型の生活で一番得をするのが、オリンピックや、今回のワールドカップをリアルタイムで見られること。スポーツはたいして詳しくないくせに、みんなが騒いでいる時は私も騒ぎたいし。深夜にひとりで「やった〜!!」と騒いでみた。
わびしいわ〜(笑)

で、明け方、ニャア〜とえらく可愛い鳴き声がするので、チコたちがいる場所に行ってみると、なんと可愛い子猫が2匹!そのそばに、モモを置き去りにして行った母猫がそばにいるではないの。どうもその母猫は、隣の家の納屋で赤ちゃんを産んで、歩けるようになるとうちに連れてくるみたい。また、子猫をチコに預ける気かしら?
参ったなあ、でも可愛いなあ、と複雑な思いで、赤ちゃん猫たちを眺めた。

それで、視線を下に降ろして、何か小さな物体を発見。
ギャ〜!!!
ネズミの死体がころがってる。これで2日連続だ。アトリエの戸口、同じ場所に死体が置いてあるのだ。ご丁寧に。
夜、遊びに来た友人が言うには「そりゃあ、めぐさん。猫たちが日頃お世話になっているお礼として、ネズミを退治しましたよと、手柄を見せているんだわ」と。
うん、それ、当たっていると思う。ネズミの前はカエルだったし。
でも、勘弁してほしいよぉ〜死体は。

さて、最近良い本に出会った。
「パリのおばあさんの物語」岸恵子翻訳の絵本。
以前買おうと思った時に在庫切れであきらめていたけれど、またこの本に出会った。岸恵子さんの言葉の使い方が大好きだし、この絵本の挿絵が好き。予備知識が無いまま、それだけの理由で買い求めた。

パリに住むひとりのおばあちゃん。年をとっていろんなことが不自由になったけれど、お医者様から無理をするなと言われれば、「良かった、これで靴がすり減らなくて済むわ」と思い、タマネギとニンニクを炒めて作る得意料理が胃に負担になると「良かった、これで涙を流しながらタマネギを刻まなくて済むわ」と思い、鏡に映る自分のシワを見て「なんて美しいの」と思う。どんな困難もオチャメにユーモラスに受け止めて物語は進むけれど、途中から、これはユダヤの家族の物語だと気づく。
「もう一度若い時に戻りたいと思わない?」という質問に、おばあちゃんはきっぱりと答える。「いいえ」
「わたしにも若いときがあったのよ。わたしの分の若さはもうもらったの。今は年をとるのが私の番。」「もういちど、同じ道をたどってどうするの?だってわたしに用意された道は今通ってきたこの道ひとつなのよ」

優しく潔い生き方に感動を覚えた。そして岸恵子さんの最後のあとがきには
「老いの身の孤独をどう生きていけてゆけるのか…愚痴っぽくて自分勝手な頑固者になるのか、感謝の気持で他人にも自分にも優しくなれるのか、そこが人間としての勝負どころです。」

実はこの本、私にではなくて母に買った本なのだ。
「メグ、わたしね、この本読んで百倍元気が出たよ」と母。

それで、私は読む立場より、創作する立場で考えてしまうのだ。こういう温かい挿絵で、人の心を元気づけられるような絵本、描いてみたいな〜と。