深夜、ずっと絵を描いていて、だんだんと落ち着かなくなるのが朝日がわずかに差し込んできた頃。アトリエ前に睡蓮池があり、朝もやの中で既に目覚めている睡蓮の花を見るのが楽しみで、仕事を強引に終えて外に出て見ることが多かった。池からちょっと覗いている大きな石に、鷺やらカラスやら、亀が休みにきているのも楽しかった。長い間、台風にも大雨にも負けずに、凛と咲いていた睡蓮もそろそろ終わりに近づいた。淋しいなぁと思っていたら、いつのまにか遠くの畑にコスモスがいっぱい咲いていた。

ベンチを見ると、裏山から道路に落ちた我が家の栗が10個ほど籠に入っている。大きい栗!10個もあれば栗ごはんが十分に炊ける。そのうち母が栗の渋皮煮を作って食べさせてくれるだろう。

友人は、いいわね、うちで栗やら柿がなるなんて羨ましいというのだけれど、収穫作業は結構大変で、栗はまぁ自然に落ちてきてくれるからいいとしても、柿はやっかい。でも、父が干し柿が好物なので母は一生懸命に軒先に柿を吊るして干し柿を作っていた。でも今年はどうやら、それを作るほどの数は無さそう。少々胸を撫で下ろす。柿に悪いけれど。
 母とはよく口喧嘩をする。感謝の気持ちを表すのがどうも苦手な娘で悪いけれど、心の中では一杯感謝している。
母が手塩にかけているこの風景を精一杯綺麗に写真を撮ってプレゼントしてあげようかなと思う。