久しぶりに雨が降った日。母の留守も久しぶり〜。石見町の温泉に家族同然にお付き合いしている溝上さん夫婦と出かけた。「こんな雨の日に温泉に行くの?」と聞くと「雨だからこそ、外の仕事が出来ないから行くんですぅ〜」ですって。母は心底畑や庭の仕事が好きだわ〜。ひとり熱くて苦い日本茶を飲みながら庭を見ると、ヤマボウシがいい色で紅葉していた。普通はヤマボウシが紅葉している頃は我が家のイチョウは黄色くなっているはずなのに、最近はなかなか黄色くならない。ここでも温暖化かなあ?

忙しそうね、というメールが届いた。忙しそう?この前もそう言われたので、何故?と聞くと「だってホームページを見ると、忙しくてなんだか疲れているみたいだもん」と。読み返してみると、ホントそうだ。やっと、とか、ああ、というため息混じりの言葉が多く、反省!

先日、浜田商業で開催された全国高等学校文化連盟の島根県大会に出かけた。前日に、小説や詩、短歌や俳句などで入賞した生徒たちの文集を読んでおかなければと思って手に取った。思いがけずと言っては申し訳ないけれど、心がくぎ付けになった。
まだ高校生なのにこんなに素晴らしい作品が書けるの?心臓が妙にトクトクした。最近、高校生の作家が誕生しているけれど、なるほど、まわりの青年たちはこちらの想像を遥かに超えて成熟しているのかもしれない。

身近に若人がいない生活なので、ついつい私の高校生時代と比較してしまうのだけれど、高校生の時なんて私、何を考えていたんだろう?思い出せない。先日の高校生たちの、自分の心と真正面から向き合い、目を背けない感覚にハッとした。詩も小説も無駄な言葉がなく、洗練されている。ひねくれた言い方をすれば、いかにも若くて、読んでいて照れてしまうような文章が微笑ましい、みたいな作品がないのが一方で少し淋しいと感じたけれど。
若さ特有の透明感があるのが羨ましい。この透明感が残念ながら年を重ねるにつれ、よくも悪くも曇ってくる。読んでいて眩しくて仕方がなかった。携帯メールのくだらなさもいじめられる側の心理も、いじめる側の心理もよく判っている。父親の浮気。ノイローゼの母。引きこもりの兄。崩壊した家族の様子をこちらが一時も目を離せないような見事な描写で書いているのだから。私はそんな生徒たちの前で相当緊張しながら、少し話をしてきたのだけれど、質問も鋭くて面白く、私の方がいっぱい刺激を受けた一日だった。それを証拠に、その日の夜、普通なら2日はかかる仕事を一気に一晩で仕上げた。やっと、とか、ああ、とかため息をついていた私とはあきらかに別人だった。
絵を描くことは「自分の心と向き合う」作業だけれど、とことん自分と向き合うということはそれだけのエネルギーも要すし、強くなければ向き合えない。そのエネルギーがどんどん弱くなっていく。それが年をとっていくということだと思う。

ほんと、たまには若い人に刺激されないとダメねえ〜、あ、やだやだ、このおばちゃん的言い回し〜。ガンバレ、そこのワタシ、負けるな、めぐみ!

ところで「ことのは大賞」の公募が始まりました。入選作には私がイラストを描きます。どんどんご応募下さいね。楽しみに待っていま〜す。