最近仕事で松江に行く事があるけれど、行くたびに松江の伯父と伯母がもういないということがズシンと心に応える。大切な存在を失う悲しさを何回味わえば、人生こらえてもらえるのだろうといつも思う。その伯父と伯母の長男である久典兄さんとまり姉さんが千葉から松江に帰り、法事を済ませ、そのまま江津へ。

久々に、親戚が集まった。場所は久朋さん宅。久朋さんがとっておきの大吟醸、都錦の「徳」を嬉しそうに出してきた。食卓には立派な「ノドグロ」。都会では一匹3000円はする高級魚だ。ノドグロを食べる時は江津に生まれてよかった!と思う(笑)。男同士お酒を酌み交わす姿を見たのは久し振りだった。父を思い出したけれど、父は江津一の酒豪と呼ばれていたし、そのせいで、うちはお客さんが多い家だった。しばらくこういう雰囲気、忘れていたなあとしみじみ。
少しは飲みたいよね、と「徳」を少しだけ飲ませてもらったけれど、すぐさま、心臓ドクドク鳴りだし、ああ情けない。話が尽きず、母と家に帰ったのはもう10時を過ぎていた。楽しくていい夜だった。

数日後、早朝、窓越しに外を見たら、雪が積もっていて、目を疑った。薪ストーブのお陰で寒さ知らず。雪に気がつかなかったのだ。薪がパチパチといい音を奏でるのを聞きながら、しんしんと降る雪を見ていた。柔らかな、いい孤独感に包まれた。

そして雪が溶けたお天気の日の朝、たまった灰を片付けていたら、池にしらさぎが来ているのを発見。今までグレー色のサギをよく見ていたけれど、真っ白なサギは初めてだ。綺麗だった。私も生きている、あなたも生きているのね、と、餌を懸命に捕まえようとしているサギを見ながら妙に親しみを感じたりして。

サギが去った後、地面を見ると、ツクシが生えていた。つい先日雪が積もったというのに、地面は春を迎えていたという事で、嬉しさと、もう春が来るのかと焦る気持とが入り交じる。わが家で一番早く咲く花が、サクランボの花。ピンク色の小さな花がいつのまにか咲いていた。

ストーブを囲うレンガは古レンガを使い、その余ったレンガをいただく事が出来た。母に「お母さん、考えるの上手だから、このレンガをどうするかお母さんに任せるね」と言ったら、しばらくあれこれと考えていたけれど、結局、ごく普通に、母は花壇を作った。そろそろいろんな花が咲き出している。

これからは薪が景色の中に加わる事になる。

五右衛門風呂のたき付けを手伝った事を思い出す。祖父は仕事から帰って夕飯になるまでもよく働いた人だった。薪小屋があって、驚くほどたくさんの薪が置いてあった。鶏も牛もいた。忙しい夕方。煙立ち上る。その景色にほんの少し、近づける、戻れる。な〜んだか嬉しい。春は今年に限り、もう少しのろまに来てほしいな。